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夕方、館内放送室の隣にある小会議室に、出演者と裏方が集められた。司会役のラウールが紙束を抱え、喉を鳴らしながら恋愛企画の台本を読み上げる。
「えー、第一場面、運命の出会い。ベジラ様が落としたハンカチを、宿泊客代表の青年が拾い上げ……」
そこまではよかった。問題はその次だった。
「そこへ、嫉妬深く意地の悪い館内係ディアビレが現れ、場の空気を乱す」
部屋の空気が一瞬止まる。ディアビレは自分の手元の台本を見下ろした。台詞欄には、嫌味、皮肉、見下し。どこを開いても棘ばかりが並んでいる。対してベジラの欄は、甘く、可憐で、誰にでも愛される言葉だ。
ラウールは居心地悪そうに咳払いした。「あの、脚本上は、かなり、こう……対比を強くしたかったらしく」
「対比というか、雑ですね」
思わずこぼすと、向かいの椅子でゲティが吹き出した。元旅芸人の保安責任者は、長い脚を投げ出したまま台本をひらひらさせる。
「悪役でももう少し格があるもんだ。これじゃ、雨の日にわざと傘を折る人間だぞ」
「そんな人、いるんですか」
「いたら拍手する。筋が通ってて」
会議室に小さな笑いが落ちた。セルマだけが面白くなさそうに口を結ぶ。
「笑いごとではありません。ディアビレ、あなたは台本通りに」
「はいはい、感じ悪く、ですね」
言ったそばから、会議室の隅で新入りの給仕が資料を盛大に落とした。紙が床に散って、彼は真っ青になってしゃがみ込む。ディアビレの身体は考えるより先に動いた。
「足、滑るからそのまま。私が拾う」
紙束をまとめて渡すと、給仕は泣きそうな顔で礼を言った。
沈黙のあと、ゲティが顎に手を当てる。
「うーん、悪役の才能、壊滅的だな」
セルマのこめかみがぴくりと動いた。ディアビレは拾った紙を揃えながら、心の中だけでため息をつく。悪くなれと言われても、身体の方が先に余計なことをしてしまう。
風宮 むぅまろ🦇🍀︎ 🍬🍚
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