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オラシオは肩で息をしながら、大判の紙筒を両腕で抱えていた。髪にもコートにも雨粒がついている。港から走ってきたのだと、一目で分かった。
「暗室、間に合った」
そう言って彼が広げたのは、未現像フィルムから起こした大判写真だった。古いホテル看板、ルナ・マグの外観、そして二つの建物の境に立つ若い女性たち。そこまではすでに見ていた光景だ。だが今回は違った。看板の下部と、店先に立てかけられた額の一部が、拡大によってはっきり読めるようになっていた。
ダービーがすぐに前へ出る。
「日付が入ってる。創業年度の改装前だ」
グラツィエラも紙をのぞき込み、指先で文字列を追った。
「出資比率の注記まで残ってる……これ、経理台帳の旧書式と一致します」
アネミークは震えながらも一歩踏み出した。いつものようにセルマの後ろへ隠れなかった。
「その額……保管庫の奥にあった契約の複写と、同じ場所に置かれていました。私、磨きの時に見ています」
ゲティが受け取った別の小袋を卓上へ開く。中から出たのは、焼却炉の灰受けから拾われた焦げた金具だ。
「こいつの型番も、契約箱の留め金と一致するそうだ」
証拠は一つずつでは弱く見える。だが、日付、数字、保管経路、焼却痕、写真。ばらばらのものが同じ一点を指し始めると、途端に逃げ道が細くなる。
アルノーの顔から余裕が少し消えた。
「写真は、演出も偽造もできます」
「では、これも偽造ですか」
グラツィエラが差し出したのは、旧書式の写しと現在の改ざん帳簿を並べた一覧だった。ダービーが補足し、数字の飛び方と日付の食い違いを淡々と説明する。その説明の間、ジナウタスは一言も挟まない。ただ、証言が積み上がる場を守るように立っていた。
セルマは突然、オラシオの手から大判写真をひったくろうとした。
「そんなもの――」
けれど破る前に、ディアビレがその腕を止めた。思ったよりも強い力で、セルマの手首が震える。
「もう、消させません」
会場がしんと静まり返る。ディアビレの声は大きくなかった。なのに、大広間の端まで届いた気がした。
写真の中では、若い二人の母が海風の中で笑っている。あの笑顔を、これ以上なかったことにはさせない。
セルマは初めて、目の前の娘を少しだけ恐れたように見えた。