そしていよいよ引っ越し当日が来た。
真子が朝食を食べに一階へ降りると、母親から小さな小箱を渡された。
「昨夜長谷川君が持って来たの。見たらわかるからって」
真子はその箱をギュッと握り締める。
「上で見てくるね」
真子は作り笑いを浮かべると、二階の自室へ戻った。
そして箱を開けてみる。
そこには、真子の誕生日に拓が買ってくれたシルバーのリングが入っていた。
リングには『T&M』の刻印がしっかりと刻まれている。
よく見ると、リングの下には小さく折りたたまれたA4サイズの紙が入っていた。
真子はすぐにそれを開いてみる。
するとそこにはスケッチのような絵が描かれていた。
おそらく拓が描いたのだろう。
一番上には、
『俺たちの未来のエスキース』
と書かれていた。
そしてその下には次のような絵が描かれていた。
紙の中心には、片流れ式の別荘のような家が大きく描かれていた。
とてもシンプルでモダンな家だ。
玄関の前には、二人の男女が立っている。
玄関の横には大きなシンボルツリーが植えられていた。
そして家は森に囲まれ、辺りには美しい花々が咲き乱れている。
よく見ると描かれた男女は手を繋いでいた。
そして女性は首に三日月のネックレスを着けていた。
それに気づいた真子は、激しく号泣し始める。
その男女は拓と真子だった。
そして背後に描かれている家は、二人の未来の家なのかもしれない。
真子は号泣しながら指輪をギュッと握り締める。
(拓…ごめんなさい…ごめんなさい……)
真子が激しく泣いているのに気付いた英子は、心配して二階に上がって来た。
そして号泣している娘を抱き締める。
「あんまり泣くと心臓に良くないから……」
英子はそう言って娘の背中を優しくトントンと叩いた。
真子は泣きじゃくりながら必死に訴える。
「お母さん…お母さん……」
「うん…ごめんね…真子ごめんね…お母さんのせいで…ごめんね…」
母の英子は泣き続ける娘に何度も声をかける。
そして娘をしっかりと抱き締めた。
午前十時に引っ越し業者が来ると、
荷物は二時間ほどで全て運び出された。
引越し業者が引き上げた後、親子三人はすぐに高速バスで羽田空港へ向かう。
空港へ着き搭乗手続きを終えた後、真子はロビーで出発を待っていた。
泣きはらした赤い目で、空港の飛行機をじっと見つめていた。
「真子、お茶買って来たわよ」
「うん、ありがとう」
「いよいよね。今は向こうもいい季節だから、きっといい気分転換になるわ」
「そうだね」
真子は北海道の初夏を楽しみにしていた。
拓がいない寂しさは、もしかしたら北海道の雄大な自然が慰めてくれるかもしれない。
そう思うと、少しだけ心が救われる。
搭乗案内のアナウンスが流れたので、父の保が二人に声をかける。
「よし、じゃあ行くか」
「ええ」
英子と真子は、保の後に続いた。
真子はその時一旦立ち止まって後ろを振り返った。
そして窓の外を見つめながら心の中で呟く。
(拓、ありがとう…そしてさようなら…)
「真子、行くわよ」
「うん今行く」
その後三人が乗った飛行機は、新千歳空港へ向かって離陸した。
その日早めに授業を終えた拓は、もう一度真子の家を訪れていた。
インターフォンを何度も押してみるが、留守のようだ。
諦めて帰ろうとした時、隣家の婦人が声をかけて来た。
「宮田さんなら、午前中に引っ越していかれましたよ」
「えっ? 引っ越し? どこへですか?」
「北海道ですって」
拓はそれを聞いて呆然とする。
そして夫人に礼を言うと慌てて自転車へ戻り友里に電話をかけた。
「友里ちゃん、真子が引っ越したって…知ってた?」
「ごめん、長谷川君。真子からメッセージが来てて今気づいたの。真子ね、北海道の病院で手術をする事になったんだって。
で、みんなに別れを言うのが辛いから私にだけ連絡したって書いてあった。ずっと入院していたのは本当で、今日の午後の飛行
機で行くんだって」
「くっそう……何時の飛行機か書いてある?」
「それが書いていないの。でもメッセージは空港に移動するバスの中で書いていたみたい」
「メッセージが届いた時間は?」
「えっと2時5分頃かな?」
「そっか、サンキュ」
拓は電話を切ると、すぐに駅へ向かった。
駅からすぐに電車へ乗り羽田空港を目指す。
拓が空港に着いたのは午後四時だった。
空港に入ると、すぐに北海道行きの搭乗口へ向かう。
そして辺りを見回し真子の姿を探し求めた。
(ちくしょう! どこにいるんだ真子! 一体どこなんだ!)
その時、窓の外に一機の飛行機が飛び立って行くのが見えた。
すると傍にいたカップルが、
「あれが新千歳行きの飛行機じゃない?」
「そうだね」
と言った。
(ちくしょう! なんで、なんでなんだ真子!)
そこで拓はその場にへたり込む。
そして声を出して号泣し始めた。
床に座り泣きじゃくる拓を、通り行く人達が不思議そうに見ている。
しかし拓は人目も気にせずに大声をあげて号泣し続けた。
その日は、拓と真子の悲しい別れの日となった。
コメント
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真子ちゃんも辛いかもしれないけど何も知らない拓君はその数倍辛いよ泣 立場が逆だったら、って考えて見て欲しかった…