「ママー! でんしゃ! でんしゃがいっぱいだねぇ!」
「本当! いっぱい停まっているね~! 流星は電車に乗るのは久しぶりね!」
「うん! ママ、でんしゃ、しゅごいねぇ!」
流星という名の小さな男の子は、次々にホームに入ってくる電車を見てとても興奮していた。
沢山の電車を見て嬉しそうなその子の傍らには、
二十代と思われる母親が小さな手をしっかりと握り微笑みながら寄り添って立っていた。
彼女の名前は森村優羽、二十七歳。
優羽は高校卒業後長野の地元で二年間働いた後、二十一歳の時に東京へ行き就職した。
東京ではアパレルショップの店員として働いていたが、六年経った今、訳あってシングルマザーとなっていた。
優羽は今日までずっと流星と二人で暮らしていたが、
東京での仕事を先週退職し地元長野の小さな町へと戻る事になった。
そして今、新宿駅で松本行きの列車を待っているところだ。
優羽は、嬉しそうに電車を眺めている息子の流星を見守りながら、
何気なく視線を駅の掲示板の方へ向けた。
するとそこであるものに目を奪われる。
それを見た瞬間、優羽の心は驚きと共に小さな衝撃を受けていた。
優羽が目を留めたのは、とあるポスターだった。
立山の観光アピール用だと思われるそのポスターには、
~『みくりが池』に落ちた星屑を拾いに来ませんか?~
というキャッチコピーが書かれていた。
その一文に、優羽は強い衝撃を受けていた。
そして、そのキャッチコピーと共にそこに写し出された美しい光景に目を奪われた。
ポスターには、立山の雄大な山々を背景とした室堂のシンボルとも言える「みくりが池」が写し出されており、
その池の水面には夜空の無数の星が映り込んでいる。
山々の上にも満天の星空と天の川が写っていて、その写真はきっと有名なプロの写真家が撮ったのだろう。
写真はとても幻想的で壮大な素晴らしい写真だった。
優羽はしばらくその写真から目を離す事ができなかった。
その時、
「ママ! ママ! でんしゃきたよ!」
息子の言葉でハッと我に返った優羽は、息子の手をしっかりと握りながら扉の前まで移動した。
流星は自分達が今から特急列車に乗るという事がわかったのか、満面の笑みを浮かべている。
優羽は列車内に入ると指定席の窓際に流星を座らせ、自分はその横の席に腰を下ろした。
その時、列車がゆっくりと動き出した。
「ママ! でんしゃうごきだしたねー、しゅごいねー」
流星は嬉しそうな笑顔でそう言いながら、窓の外の景色を興味深げに見つめていた。
優羽も流れゆく窓の外の景色を見つめる。
窓の外にはぎっしりと建ち並んだビル群や、ホームから溢れそうな大勢の人々が
慌ただしく行き交う様子が映し出されていた。
その景色をじっと見つめていると、次第に視界が涙で滲んでいった。
優羽は六年過ごした町が遠ざかって行くのをじっと見つめていた。
六年前は、夢と希望を抱いてこの都会へと移り住んだ。
しかし今、その夢を何も実現出来ないまま故郷へと向かう。
優羽の脳裏には、六年間の出来事が走馬灯のように蘇ってくる。
その時、優羽の頬に一筋の涙が伝った。
優羽は泣いている事を息子に気づかれないよう、そっと涙を拭う。
流星はとても優しい子だから、母親が泣いているのを見たら心配するだろう。
「しっかりしないと…私がちゃんとこの子を守っていかないと!」
優羽は心の中で呟いた。
そして、徐々に霞んでいく都会の景色を心に刻み込むようにじっと見つめ続ける。
その後も列車は順調に走り続けた。
列車の規則的なリズムは、なんだか眠気を誘う。
優羽はいつの間にかうとうととし始めた。
ここ最近は、荷造りや手続き等で毎日忙しくかなり寝不足気味だった。
そんな優羽には列車の音が子守歌のように聞こえる。
優羽の意識は段々と薄れてくる。
そして眠りに落ちていく中、優羽はいつも見る夢を見ていた。
今までに何度も見た夢だ。
夢の中で優羽は深い森の中にいた。
森の中を歩いて行くと、やがて森が途切れ開けた場所へ出る。
優羽の目の前には小さな湖があった。
湖の向こうにはダイナミックな山々がそびえ立ち、山の上には天の川が見えていた。
天の川の周りには、数えきれないほどの無数の星が輝いている。
そして湖の水面には夜空の星が映り込んでいた。
まるで湖に星がこぼれ落ちたかのように、映り込んだ星は水面でキラキラと輝いている。
優羽は一歩前に進み出るとこう言った。
「水面(みなも)に落ちた星屑を拾ってもいいですか? この星屑を全部拾うと私は幸せになれるのです。
一粒も残してはいけないんです。私が幸せになる為には、一つ残らず拾わないといけないんです」
優羽は誰もいない湖でそう告げた。
そして湖の水面に一歩足を踏み出す。
すると不思議な事に、身体が浮いて水面の上を歩くことが出来た。
優羽はとても穏やかな表情で、嬉しそうにその星屑を一つずつ拾い集めた。
拾った星は、手にしていたカゴへ次々と入れていく。
無数に落ちている星屑を一つ一つ集めるのは、とても大変な作業だった。
それでも優羽は必死でそれを拾い続ける。
しかし次第に星屑を全部拾いきるのは無理かもしれないと思い始める。
そこで優羽はハッと夢から目覚めた。
コメント
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秋になり久しぶりに信州を訪ねたくて来ました。
瑠璃マリコ先生を追いかけてきました。また作品が読めるのが楽しみです。
池の水面に夜空の無数の星🌟素敵な写真に素敵なキャッチコピーのポスター(*´艸`*)✨どんな人が作ったのか気になる😍 このポスターと優羽チャンの夢が繋がるのかな🍀🍀🍀わくわく✨✨