テラーノベル
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部屋のドアを閉めた音が、妙に大きく響いた。冷たい空気の中に立ち尽くす。鍵はない。壁も、天井も、すべての音を吸い込んでいく。
「──……ただいま」
声は、誰にも届かない。
そもそも、誰も待っていない。
それどころか、誰かに聞かれていたら、また何をされるかわからない。
鞄を置くと、足がもつれて、床に崩れ落ちた。
それでも、泣くわけでもなく。
ただ、呼吸が浅くなる。
喉の奥がきゅっと締まって、息を吸うたびに胸が痛い。
(……逃げた、また)
(日下部の顔……見れなかった)
触れようとされた。
本気だった。
あんな目、されたの、いつぶりだろう。
でも、怖かった。
「信じたい」と言われることが、
「好き」と言われることが、
「俺がそう思われていい存在じゃない」と思い知らされるみたいで、息ができなかった。
(俺が、欲しがったから)
(触れられたい、って思ったから)
(壊れたんだ)
ずっと、そうだった。
玲央菜にも。晃司にも。颯馬にも。蓮司にも。
「優しさが欲しかった」
ただ、それだけだったのに、そう思った瞬間に、
“向こう”は笑って、上から押しつけてきた。
だから、俺が悪い。
欲しがったことが、罪だった。
(……助けてほしいって思ったから)
(壊されたんだ。壊したのは、俺だ)
視界が揺れる。
吐きそうなほど、喉が詰まる。
手が震えているのに、何も握れない。
爪の先で自分の腕を掴んでも、何の感覚もなかった。
(……蓮司に、言われたんだ)
「ねえ遥、想像したことある?」
「日下部が、俺の下で、どんな声出すかってさ」
その時、自分が何を感じたのかも、もうわからない。
ただ、耳の奥にその声が残っていて。
自分のどこかが、ぽきりと折れた音だけが、鮮明に響いていた。
(……もう、やだ)
(何も、欲しがりたくない)
(何も、いらない)
膝を抱えて、静かに目を閉じた。
けれど、眠れない。
何時間たっても、朝が来ても。
どこにも、出口なんてない。
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