テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
東京都渋谷区恵比寿。そこはいつも通勤のサラリーマン、OLや専門学校生達が行き交う街であった。そんな大都会のはずなのに台風や大雨が発生しているかのように心なしか、行き交う人々はまばらだった。
アトレのデジタルサイネージの大型LEDビジョンにはあるニュース報道が流れていた。
『大災害が起きるとは? 大地震の予兆とか、新種のウイルスの流行なら科学分析でと言うなら分かるんですが……限定的に恵比寿駅をクリーチャー? 妖魔?……の軍勢が襲うと言うのは、にわか信じられません』
有名女性キャスターの横には、迷彩服を着た見知らぬ若い外国人女性が居た。
アメリカ在日米軍所属:モリガン・アルスター中尉と字幕で表記された女性は灰色の長髪に白人らしい白肌。ファンタジーに出てくるエルフのように顔は整っており、灰色狼のような金色の瞳をしていた。
『私もあれを見るまでは信じられませんでした……これを見てください』
訛りのない美しい日本語で彼女、モリガンが言う。
モリガンが出したのは20インチのモニターぐらいありそうな写真パネルだった。写真にはまるで奇形児のようなものが映っていた。頭は禿げ上がり、部分的な髪しかない。上半身は痩せ細っているのにお腹は妊婦のように大きく、不安定な身体をした人間のように思えた。銃で撃たれたのか、頭、胸、腹部に銃弾が撃たれているようであった。
『まるで御伽話の妖怪のように見えますね……確か餓鬼でしたっけ?』
『はい……これが横須賀基地に現れ、襲ってくるまでは私達も妖魔の存在を信用できませんでした。私達はこれをクリーチャー……日本では妖魔と和訳した方がしっくりくるでしょうか? 当時、基地内で謹慎中だった泥酔中のスキャンダル少尉の首を噛み……彼は妖魔化しました。二体の妖魔は同じくアルチュウ少尉、セクハラ少尉の首を噛み、妖魔化……ラビットフット少尉は運良く逃げ、警備隊に通報……妖魔化した三人を含めて餓鬼四体を機関銃で射殺したという訳です』
『まるでゾンビ映画……信じられない出来事ですね。狂犬病みたいなウイルスか何かを持っていて、吸血鬼のようになったという事でしょうか?』
『妖魔に関しては未解明な部分は多いですが……妖魔を解剖した結果、気体と個体の中間のような存在だと考えています』
『液体と固体の中間のスライムのような状態は分かりますが……気体と固体の状態と言うのは……』
『ええ、妖魔は飛んでいる花粉やウイルスの粒子ができたような集合体といった方が分かりやすいでしょうか、触る事はできてもずっと触り続ける事はできずに霧散してしまう』
首を傾げるニュースキャスター。
『その妖魔というのはどういった生物なのでしょうか? 吸血鬼のようになぜ同じ仲間を作っているんでしょうか?』
『ウイルスが宿主細胞を部品に増殖していくように……妖魔は交配をしないのです。他の生物に自分の遺伝子を打ち込み、同じ生物に変えてしまうのです』
『そんな化け物が東京渋谷に現れ……潜伏していると考え……避難勧告を出している訳ですね』
ニュースキャスターが生唾を飲むように言う。
『それだけではありません。まだ死骸ですが、我々は大型の妖魔も確認しています……その大型の妖魔が渋谷川で恵比寿周辺に向かっている痕跡を見つけました。これは訓練ではありません! 日本政府の指示では警戒レベル3ですが、大型妖魔と妖魔の群れは正午十二時頃に到着すると予測しています! 渋谷区恵比寿に住んでいる方はすぐに離れてください!』
モリガンは席から立ち、声を上げた。
行き交う人々はサラリーマン、OL、男女学生らはスマホやスマートウォッチを見ながらも、無関心を装い、駅からオフイスビルや校舎ビルに向かって行く。
「何だよ妖魔って? まだ三月だろ? エイプリルフールはまだ早いんじゃないの」
鼻ピアスのギターを背負った若者が大型LEDビジョンを見て、あざ笑うように言う。
恵比寿駅内でも警戒レベル3の避難指示のせいか、人はまばらだった。
そんな中、この地域であまり見かけないようなセーラー服を着たポニーテール少女がコインロッカーの前で足を止めた。少女は何を思ったのか、カバンを置き、コインを入れずにロッカーを開けた。
「今、A1のコインロッカーよ……それより大丈夫なの? 避難指示だけで歪時計がもう一分も進んだわ」
18歳ぐらいの女子高生が耳を押さえて言うが、その耳にイヤホンマイクはおろか、スマホすらない。その手には数字の代わりに漢数字と十二支の漢字が記載されている金の懐中時計を手に持っていたが、見た目的にスマートウォッチの機能があるとは思えなかった。
「モリガン、百万鬼夜行の元総大将様と九尾狐の軍師様は何て言ってるの?」
人目も気にせずに少女はセーラー服を脱ぎ捨てた。胸ポケットから写真付きで普通科高等学校3年 天照 穂火と記載されていた。
人がまばらな為か、それとも他人のフリをしているのか、そんな大胆な穂火の行動に咎める者はいなかった。
「どうせ九尾狐になったあいつはここの人間より、私と蛭夜を口癖のように食べたいと言ってくるわ……あいつに言っておいてよ……何回、私達の肉を喰らいたいのかって!」
コインロッカーから少し離れた場所で二人組の警官が落ちた制服とカバンに気づき、ゆっくりと穂火に歩み寄っていく。
「……分かってる……今、特注一級神装備を用意するわ……オン・バソダレイ・ソワカ! 財宝を所有する者よ! スヴァーハー! 神隠!」
穂火は謎の呪文を唱えながら右手で人差し指と中指を立て、精神を集中し、宙に縦四本、横五本の線を格子状に切る。すると、ロッカーの中から黒い煙が発生し、穂火は手を突き込んだ。
そこから紅い鳥の羽根の装飾がある鉤爪のような籠手と具足を取り出し、さらに和装の紅い小袿(こうちき)を取り出していた。その小袿の裾部分は翼を模した羽根となっており、まるでコスプレか、凝った花嫁衣裳のようであった。
穂火は二人組の警察官が近づいて来るのも気にせずに着替えを始めていた。
帯は結ぶと、三本のクジャクの尾のようになり、まるで鳳凰が擬人化したような装いであった。
「ちょっと君、そこで何やってるのかな?」
穂火は気配を察し、一人の警官を掴もうとする腕を残像を残して避けていた。呆気にとられる警官。
「着替えです……どうせこの恵比寿は瓦礫の山になりますよ。それよりもみんなを避難させた方がいいですよ。もうすぐ妖魔の群れが来ます……それとも私のように妖魔の餌になりたいなら別ですけど」
穂火は手早く鳥の鉤爪のような籠手を填め、具足を履いていた。
「妖魔? ニュースでやってたあれ? それよりもコスプレみたいな格好が問題だと思うけど……その鉄の爪みたいなのは本物じゃないよね?」
警官が今度は籠手を触ろうとすると、穂火が拳を握り締めると、ぎりりと籠手の中の革の音がした。
「……それ以上近付いたら……」
穂火の怒気がこもった口調とその殺意に警官が思わず後退りする。
『おい! 痴漢が逃げたぞ! お前らも手伝え!』
改札から来た警官の一人が叫ぶように呼ぶと、穂火に職質した警官二人が舌打ちをし、穂火から離れていく。
「君はここで待っているように!」
警官二人は捨て台詞のように言い、警官の一人に誘導されるように改札に向かって駆けていく。
「これで貸し一つじゃからな……褒美に貴様の肉を喰ろうてやる♪」
何処からか狐耳と九尾を生やし、青の十二単を着た長い金髪をなびかせた20代の美女が穂火の耳元で言う。その口元には八重歯がちらりと見える。
その美女は豪華な唐笠を持ち、白い狐耳と狐尻尾が生えた二人の従者の少女を配置させ、いかにもなコスプレチックな装いであった。
「玉藻!? 嫌よ……食べるなら蛭夜にして……そんな事よりその格好は何よ!? いかにも百万鬼夜行の軍師様といった格好じゃない! あんたがバレたら計画が……」
「ここで言う只のコスプレじゃ……この格好でも敵にも味方にも儂だと分からんよ♪ 奴らの目の前で人型になった事は無いからのぉ。それよりもそなたの肉を喰わせてくれるんじゃろ? どうせ別の身体になって、死肉になっておるじゃろ? できれば活きの良い状態で喰いたいのぉ。そうじゃ! 死ぬ間際でも死にたくなったらでも構わんが、天耳他心で伝えるのじゃ! 気持ち良く喰ろうてやる♪」
「生きても死んでも元々、これ私の身体なんだけど……」
穂火が睨むも玉藻は気にせずにじゅるりと涎を垂らした。見かねた白狐娘の従者が手拭いを渡す。
「すまぬな……じゃが、人間食べ放題か質の良い肉かと問われたら儂は……」
玉藻は手拭いで自分の涎を拭いて笑みを零して言う。
「……分かったわ……手筈通りに配置につくわ。そこで私が負けるようなら喰らっても良いわ」
「いつもなら断るのに今回は太っ腹じゃのぉ……そうしたら蛭夜に言ってくれんかのぉ。お前の肉を喰らわせてくれと……ククク♪」
玉藻は上機嫌で駅の外へと向かっていく。
「ごめん蛭夜……あんたの肉も狙われてる」
申し訳なさそうに言う穂火。そこには当人の蛭夜はいなかった。
恵比寿駅前の交番前で山伏の格好をした18歳前後に見えるウルフカットの少年が6人の警官に囲まれていた。
「それは銃刀法違反だ! こっちに来なさい!」
ウルフカット少年の格好は黒い山伏の衣装の結袈裟と鈴懸を着て、狐の尻尾が付いた引敷を腰に巻いていた。警官達が問題視しているのはどうやら手に持った長い槍だった。先端は独鈷杵で石突も三鈷杵になっているが、どちらも刃に見えなくもなかった。
「だから槍袋を無くしたんだって! それに今の状態のこれには刃が付いてないだろ!」
山伏少年は刃が付いてない事をアピールする為に独鈷杵の先端を指で何度も触って見せるが、どの警官も疑いの眼差しであった。
「なんならマイナンバーで確認してみるか……犯罪歴も自転車の交通違反すらないからさ」
山伏少年がマイナンバーを警官に渡す。
「なになに……ここの地名と同じ名前だな恵比寿 蛭夜、18歳……埼玉の人間か……確かこの男は……今、無線で確認する」
「……は? え、いや……照会をですね……恵比寿 蛭夜……防犯と妖魔対策を兼ねてのNPO法人のパトロール隊の一人ですか……知らずに申し訳ございません」
「ほら、言った通りだろ……これだってほとんど棒切れでしかない」
警官の一人が舌打ちをし、蛭夜を追い払うかのように手を何度か縦に振った。
「分かった……許可を得た範囲のパトロール内には出るなよ」
「そのつもりだ……だいたい恵比寿にしか妖魔は出ないからな」
蛭夜は警官達の脇を通り、空を見上げた後、穂火と同じ十二支と漢数字が記載された懐中時計を見た。現在と未来と書かれた時計は合っていたが、過去と書かれた時計は一分遅れていた。
「現在と未来だけが一分進んでいるって事は……未来は良い方向に進んでいるって事か……あと三分進めば……この世界線は無かった事になる……厳しいよな本当に」
(蛭夜、配置について……もうすぐ正午よ)
モリガンのテレパシーのような霊術、天耳他心で心の声が蛭夜に伝わってきていた。
「分かっている……」
蛭夜は通路シェルターを見つけると跳躍し、その上に飛び乗っていた。
「ここならギリ人目につかないか……オーン。汝は三昧耶なり! サラスヴァティェー! スヴァーハー! 変化!」
蛭夜は妖術の真言を唱えながら右手で人差し指と中指を立て、精神を集中し、宙に縦四本、横五本の線を格子状に切る。すると、蛭夜の姿に黒い煙に巻かれると、一匹の鴉の姿になり、羽を飛び散らせ、上空に飛んでいた。
アトレ恵比寿ビルの屋上庭園にはKeepoutの黄色テープが張られており、人の侵入を拒んでいた。
その規制線の中にはあのニュースの報道番組に出ていたモリガンが立っていた。番組に出ていた時の迷彩服とは違い、小袖の黒衣に肩や胸横に家紋のように秒針と和時計の十二支と漢数字が刻まれている。手には木製パーツと金属で構成された江戸時代に使われるような大筒と呼ばれた小型大砲に似た兵器が片手で軽々と持っていた。鉄製の部分には打ち出の小槌のマークが付いていた。
「そろそろ時間ね……人払いは完全に失敗したわね……今回は何人死ぬのかしら……本当にここは平和ボケした世界ね」
左手にはデジタルマイクロスコープを持ち、恵比寿周辺の周囲を望遠レンズで確認していた。
「来るわ……5・4・3・2・1・0!」
0のカウントで雲間に巨大な光を帯びた五芒星が現れ、流星のように何かが降ってきた。山を越える巨大な八頭の龍、タワーの高さほどある巨大な九本の尾の狐、二本の角が生えた鬼、巨人、蜘蛛型の女、二足歩行の牛、無数の異形な者達はまさに百鬼夜行いや……百万を超える妖魔の群れであった。
「やっぱり玉藻もいるわね。個人的にはあいつを撃ちたいけど……ぬらりひょん師匠の言う通り、ノアの箱舟を選ばなかった者達は死んでもらうしかないわね」
モリガンは九尾狐をズームして確認した後、まばらにいる人々を見る。中には妻と娘で歩く人や若い男女のカップルもいる。
「作戦開始! 作戦通りに術式打出砲は榴弾砲からいくわね! 臨兵闘者皆陣裂在前! 霊視」
モリガンはマイクロスコープを投げ捨て、大筒のような術式打出砲を置くと、九字護身法(くじごしんぼう)を唱えながら指を組み、素早く指の形で影絵を作っていくかのように次々と変えていく。すると、モリガンの両目の瞳に五芒星が浮かび上がる。
「見えた! そこね! 総大将の八岐大蛇!」
モリガンの瞳はマイクロスコープをよりも高性能な瞳になったかのように拡大され、八岐大蛇を捉えていた。
モリガンはコンクリに置いた大筒を蹴り上げて宙に上げ、キャッチすると、引き金を引いた。
大筒とは思えない戦車のような発射音と共に煙を吐き上げ、榴弾砲が飛んでいた。榴弾は花火が打ち上がるような音と共に落下する八岐大蛇の八頭の一つの頭に直撃し、爆発していた。
「ビンゴ!」
八岐大蛇は爆発を起こし、ボーリングのように吹き飛び、三棟のビルを倒し、瓦礫と土煙を上げる。
八岐大蛇はすぐに立ち上がり、怪獣のような咆哮を上げ、地震のようにビルの窓を振動させた。
「どうして攻撃されたのか分からないようね……この距離じゃ分からないわよね! ロケットランチャー!」
モリガンがロケットランチャーと言うと術式打出砲がカチャリと音がして、引き金を引く。煙と炎を上げて発射されたのは先ほどとは違う弾のロケット弾であった。
モリガンの持っている術式打出砲は望む弾丸を撃ち出せる異界で改造を施した特殊兵器であった。神域にしか生えていない神木、高天原の希少金属、日緋色金を素材にし、試練で得た望んだ物を出せる打出小槌で造られた特注一級神装備である。連射はできないが、弾は無限に発射できる。
そのロケット弾は八岐大蛇の首に目掛けて飛んでいき、当たるかと思われた。
その刹那、八岐大蛇の咆哮と共に結界が発動し、ロケット弾は光を帯びた巨大な六芒星の障壁に当たり、爆発すら防がれていた。
「まさか!? この距離でもう気づかれた!? さすが総大将ね!」
向けられた八岐大蛇の視線と強烈な殺気が襲い、モリガンが何かを察知する。そして八岐大蛇が再び咆哮し、モリガンがその直線の位置から横に逸れようとした刹那。
「この咆哮は土遁ね……まずいわね!?」
音速のような速さで地面を抉るように家々と小さなビルをなぎ倒し、巨大な鍾乳石が生え続け、モリガンに向かっていく。
「間に合わない!? やるしかないわね! 帰命したてまつる! あまねき諸仏に! ガン! 虚空の優れた特相を持つ者よ! 虚空に等しい者よ! 全ての処に出現する者よ! 降伏する者よ! 輝け! あまねき不空に! スヴァーハー! 森羅万象」
モリガンは妖魔が扱うという妖術、真言という呪文を唱えながら左手で人差し指と中指を立て、精神を集中し、宙に縦四本、横五本の線を格子状に切る。
モリガンの目の前に鍾乳石が生え、小間切れにされるかと思われたその一瞬。流れた髪が切れるに留まり、迫った鍾乳石は時間が止まったかのように目の前で停止していた。
否、本当に時間が止まったのだ。周囲の風景が白黒写真のようなモノクロとなり、飛んでいる鳥、流れてゆく雲、ビル下の逃げまとう雑踏、舞い散る木の葉すら止まっていたのだ。それは時間経過事に徐々にスローモーションになっていくようにも感じた。
「さすが八岐大蛇、一筋縄ではいかないわね。ロケットランチャー!」
モリガンはゆっくりと迫る巨大鍾乳石を避け、術式打出砲の引き金を何度も引いた。
すると、ゆっくりと発射されるロケット弾が二十発ほど連射されていた。
いつの間にかモノクロの景色がカラーに戻り、時間は通常の速さに戻り、迫っていた巨大鍾乳石が土石流のように通過し、無残にも空中庭園の庭木や花々を抉り取っていく。そして反撃するように二十発のロケット弾が八岐大蛇に向かっていく。
「これだけのロケット弾ならダメージは……」
見越していたかのように再びの咆哮と共に巨大な六芒星の結界が全てのロケット弾を防いでいた。爆発するも、その炎と衝撃は六芒星の障壁に簡単に防がれている。
八岐大蛇が怪獣のような威嚇の咆哮をしたかと思えば、紫色の毒霧が発生し、周囲のビルを溶かし、公園を毒沼に変えていく。
悲鳴と共にビルから出てきたサラリーマンやOLがその紫色の毒霧で溶け、八岐大蛇の頭が溶けた人間をジュースのように飲み干していく。
モリガンは胸元から無線機を取り出し、耳に当てていた。
「出現予定ポイントに巨大クリーチャー出現。手筈通り、火力支援を要請するわ……渋滞で戦車やロケット砲システムが行けないのね……分かったわ。戦闘機と攻撃ヘリだけで良いわ……なんとかしなさい! もう来てる!?」
アパッチと二機とF16戦闘機六機が八岐大蛇の背後からミサイルを発射していた。
無数のミサイルが糸を引くように背中を見せる八岐大蛇に向かっていく。それはその巨体を動かせずに当たるかと思われた刹那、八岐大蛇が咆哮を響かせる。
八岐大蛇の背後に光を帯びた六芒星の障壁が発生し、ミサイルは一発も当たらずに防がれ、爆炎や衝撃波すらも防がれていた。
「航空攻撃部隊……退避準備!」
モリガンが叫ぶも、八岐大蛇は再び咆哮していた。
八岐大蛇の周囲に妙な風が発生したかと思えば妙な竜巻が発生していた。
「まさか風遁(ふうとん)!?」
『中尉!? 駄目です!? うわあああああああああああああああああああっ!?』
ノイズと共に無線機から若い男性の断末魔が聞こえた。
「少尉!? 脱出装置を!?」
竜巻は戦闘機と戦闘ヘリを巻き込み、制御を失った機体はビルや地面に叩き付けられ、爆発四散していく。
ノイズしか聞こえなくなった無線機、その竜巻はモリガンを巻き込もうと迫った。
「帰命したてまつる! あまねき諸仏に! ガン! 虚空の優れた特相を持つ者よ! 虚空に等しい者よ! 全ての処に出現する者よ! 降伏する者よ! 輝け! あまねき不空に! スヴァーハー! 森羅万象」
モリガンは早口のように真言を唱えながら素早く左手で人差し指と中指を立て、精神を集中し、宙に縦四本、横五本の線を格子状に切る。
モリガンの目の前に竜巻が迫った刹那、時間停止の妖術、森羅万象が発動していた。竜巻は時間が止まったかのように目の前で停止していた。周囲の風景が白黒写真のようなモノクロとなり、洗濯機のように風の渦に巻き込まれたモデル写真の広告看板、ビルの破片、樹木、救急車、鳥、犬、抱き合ったカップル、赤いランドセルを背負った女の子、それらが空中庭園より高い空中まで飛ばされているのが見えた。
「本当に人が死にすぎるわね! これだけやったのに何で信じなかったのよ……」
モリガンは空中庭園から飛び降りていた。
「オン・バソダレイ・ソワカ! 財宝を所有する者よ! スヴァーハー! 神隠!」
落下するモリガン。モリガンは落下しながらも真言を唱えながら右手で人差し指と中指を立て、精神を集中し、宙に縦四本、横五本の線を格子状に切る。すると、黒い煙が発生し、モリガンの身体は神隠しのように消えていた。
神隠は物や人間を次元の狭間に保管する妖術である。次元の狭間は時間経過の概念がない為、生物や物の劣化が起こらない。時間停止や巻き戻りにも影響しない。武器の出し入れ、一時的な避難にも使える。自身に神隠を使った場合、二十メートルまでなら任意の場所に出る事ができる。
モリガンがいなくなった空中庭園のアトレビルはミキサーのように外壁と硝子を抉り取られていき、徐々に跡形もなく崩れていく。
「こんなのF5スケールの竜巻じゃない!?」
神隠によってモリガンがアトレビルから離れた場所の歩道に黒い煙から出ると、空中庭園のあったビルは八岐大蛇の風遁の竜巻によって瓦礫の山と化していくのが見えた。
「第二航空爆撃機部隊、爆弾を投下して!」
モリガンが無線機で再び火力支援要請をしていた。
『了解! 日本政府、アメリカ政府の許諾を受理……火力支援を開始するオーバーアウト』
山のような八岐大蛇よりさらに高い高度のおよそ15000メートル付近の戦略爆撃機B2が編隊を組み、一斉に爆弾を投下していた。
八岐大蛇は何かを察したかのように再び咆哮し、六芒星の結界を自身の真上に発動していた。
「やらせないわ! 臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前! 術式弾! 反閇!」
モリガンが九字護身法を唱えながら片手で素早く指の形で影絵を作っていくかのように次々と変えていく。
そして唱え終わると、術式打出砲から放たれる砲弾。それには光を帯びた梵字が無数に刻まれていた。その砲弾が虹の流星のように八岐大蛇の結界である六芒星を硝子のように粉々に砕いていた。
八岐大蛇の龍頭が一斉にモリガンを見て、短い悲鳴のような咆哮を上げた。
「貴方が殺した分はきっちり返させてもらうわ! 八岐大蛇!」
ヒュゥゥゥーという高い風切り音が何処からか響いた刹那。
まるでミサイルを短くしたような黒い物体が八岐大蛇の八頭の首に落ち、連続した爆発と衝撃、炎が襲う。
八岐大蛇の怪獣のような悲鳴が街中に響き渡る。
しばらくして、黒い煙が晴れる。普通の生物なら爆発で粉微塵になっているか、炎で黒焦げになっているかのどちらかである。だが、そのどちらでもなかった。
項垂れた八頭の頭はすぐに首を上げ、空を憎むように街中に怪獣のような咆哮を街中に響かせ、周囲のビルの窓ガラスと外灯照明を破壊するほどの衝撃波を生んだ。
「本当にタフね。少しは弱ってくれない。こっちの心が折れるわ……」
モリガンは術式打出砲のサイトと霊視を合わせ、拡大して八岐大蛇を見る。その龍の黒い鱗は焦げ跡や傷跡すら分からないほど無傷だった。