テラーノベル
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「……はい。想一郎の婚約者です」
友香が答えた瞬間、集会所の空気が変わった。
さっきまで帰り支度をしていた人たちが足を止める。
「じゃあ、やっぱり会社側なんじゃないの?」
「話を聞くふりしてたってこと?」
「想一郎って、廃止の担当なんだろ」
あちこちから声が飛んだ。
「違います」
友香はすぐに返した。
「私は会社の人間じゃありません。それに、想一郎が何をしてるのか知りたくてここに来たんです」
「婚約者なのに知らないのか?」
勝人の言葉が刺さる。
「……だから腹が立ってるんです」
笑う人はいなかった。
里樹が一歩前へ出た。
「もういいだろ」
いつもの軽い声ではなかった。
「友香はここまで来て、資料見て、数字まで聞いた。会社の代わりに何か言いに来たなら、こんな面倒なことしない」
「里樹」
「帰ろう」
里樹は友香の鞄を指した。
「今日はもう十分だ。別の町でも撮れるし、友香までここに残る必要ない」
その言葉に、少しだけ心が揺れた。
帰れば楽だ。
想一郎から連絡が来るまで、いつもの街で待っていればいい。
知らない人たちに疑われることもない。
けれど。
「帰らない」
友香は言った。
「私は逃げるために来たんじゃない」
里樹が目を見開く。
「想一郎に腹が立ってるのも本当。ここの人たちが会社を疑うのも分かる。でも、だからって何も知らないまま帰ったら、結局また誰かに決めてもらうことになる」
友香は勝人を見る。
「私、残ります。嫌なら嫌って言ってください。でも、話は聞きます」
勝人は腕を組んだ。
「好きにしろ」
「ありがとうございます」
「礼を言うな。許したわけじゃない」
「でも追い出さないんですよね」
「口の減らん姉ちゃんだな」
少しだけ、周囲から笑いが漏れた。
張り詰めていた空気がわずかに緩む。
里樹は友香を見たまま、何も言わなかった。
その日の午後。
里樹は前日に撮った星見線の映像を宿の共有スペースで編集していた。
「出すの?」
「うん。ただし煽るタイトルはやめる」
「『消えるかもしれない絶景ローカル線』とか?」
「それ、まさに昨日まで考えてたやつ」
「最低」
「反省してます」
里樹は笑い、公開ボタンを押した。
動画は、想像以上の速さで広がった。
一時間後にはコメントが増え始める。
『景色きれい』
『行ってみたい』
『こういう路線なくなるの寂しい』
『でも降りて何すればいいの?』
『駅の周り、食べるところある?』
『一人でも泊まれる宿あるのかな』
『アクセス調べたけど、乗り継ぎ分かりづらい』
友香は自分のスマートフォンで里樹のアカウントを開いた。
「フォローした」
「今さら?」
「今まで知らなかったんだから仕方ないでしょ」
「有名人なのに」
「しつこい」
友香はコメント欄を追い続けた。
好意的な声は多い。
けれど「行きたい」で止まっている。
「ねえ、これ」
「ん?」
「みんな、星見線に興味は持ってる。でも、降りたあと何ができるのか分からないんだ」
里樹が画面を覗く。
「確かに」
「千恵実さんが作ってる地図、こういう人に必要なんじゃない?」
「動画から飛べるようにする?」
「それだけじゃなくて。一人で来た人が、一日どう回れるか分かるもの」
友香は自分が昨日困ったことを思い出した。
駅を降りても、どこへ行けばいいか分からなかった。
雨宿りで偶然千恵実の事務所へ入らなければ、何も見つけられなかったかもしれない。
「偶然来ても、その次がないんだ」
里樹は腕を組んだ。
「注目を集めるだけじゃ駄目ってことか」
「うん。動画が伸びても、一回見て終わりなら路線は残らない」
里樹は少し黙った。
「俺、今までそういう撮り方してたかも」
「どういう?」
「消えそうな場所を撮って、きれいだって言って、次の場所へ行く」
いつもの明るさが薄れていた。
「俺が得して、町には何も残ってないこともあるよな」
「だったら、今回は残せばいい」
「簡単に言うな」
「簡単じゃないからやるんでしょ」
里樹が友香を見る。
「昔からそうだよな」
「何が?」
「誰とでも笑って話すくせに、決めたら全然引かない」
「悪い?」
「いや」
里樹は小さく笑った。
「そういうとこ、変わってなくてよかった」
その声が妙に優しく聞こえ、友香は一瞬だけ視線を外した。
学生時代、里樹と二人で帰った夕方があった。
くだらない話をして、笑って。
あの頃の距離が一瞬だけ戻ったような気がした。
スマートフォンが震えた。
友香は反射的に画面を見る。
想一郎。
胸が強く鳴った。
昨日送ったメッセージに、ようやく既読がついていた。
そして短い返信。
『その町から離れて』
友香の眉が寄る。
続けて、もう一通届いた。
『明日、廃止案が公表される』
里樹の表情も変わった。
「……想一郎?」
友香は答えず、画面を見つめた。
結婚延期の理由。
星見線。
廃止案。
そして、町から離れろという命令。
まただ。
想一郎は理由を話さず、自分だけで決めている。
友香は返信欄を開いた。
指が迷わず動く。
『離れない』
送信した。
今度は、それだけで終わらせなかった。
『明日、私に会って説明して』
コメント
1件
みぅです🤍🥀 第5話、読み終わりました……! 集会所の空気、一瞬で変わったところがすごくリアルで、こっちまで息を止めてしまいました。友香が「帰らない」って言い切ったとき、心臓がぎゅっとなりました。逃げずに“話を聞く”って、すごく勇気いることだと思うんですよね。 里樹くんの「反省してます」のところ、ちょっと笑っちゃいました(笑)でも「俺が得して、町には何も残ってない」って気づけるって、強いなって。 最後の『離れない』『説明して』——やっと自分の意思で言葉を返した友香の強さが、めちゃくちゃ刺さりました。続き、気になります……!
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紫倉 紫
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パン
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