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領地に向かう馬車の中、私の隣にはジェイクがいた。
私が領地に向かうと言うのをどこから聞きつけたのか、出立の日にオクレール侯爵邸に押しかけてきて強引について来てしまったのだ。
まだ、アンドレアとの婚約破棄は成立していない。
婚約者がいるのに他の男と何日も行動を共にしたら、きっと噂になるだろう。
窓の外の流れる風景を見ていると、不意に右の耳たぶに触れられた。
「な、何ですか? ジェイク様」
「このイヤリング、俺よりエスメの方が似合いそうだ」
切なそうに囁くジェイクは、この揺れるルビーのイヤリングに思い入れがありそうだ。
「私の赤髪に合わせてあつらえたようなイヤリングですね。ありがとうございます」
片方だけつけていたルビーのイヤリングに意味がない訳がない。
これは恐らく不審死を遂げた彼の母親の形見だ。
流れる銀髪にルビー色の瞳をした美しい方だった。
「悪女ぶっているけれど、実はエスメは良い奴だよな」
ジェイクに言われた言葉が、なぜか即座に否定したい程に気恥ずかしい。
「私は悪女です! ジェイク様こそ、私の耳に触れる手が震えてましたよ。貴方、実は遊び人のフリをしているだけで女慣れしてませんよね」
私の言い返しに、ジェイクが目を泳がせる。
「い、いや、怖いなエスメ・オクレール」
少し考えれば、頼めば寝てくれる遊び人だと言われる彼と夜を共にした令嬢を知らない。
きっと、これは彼が皇族に相応しくないとしたくてグレンダ皇后が流した根拠のない噂だ。
「嫌ではないですか? 根も歯もない噂は⋯⋯」
「仕方ないよ。誰とでも寝る踊り子の子だから」
「誰とでも? それは違います」
私の言葉の続きを催促するようなジェイクが、年齢よりも幼く見える。
(ああ、可愛いわ)
私は思わず彼の銀髪に指を通した。
まるで生娘のようにビクッとした彼に笑いそうになる。
「帝国一権力を持つ男と寝て、自分の子が皇帝になる可能性を見出したんです。誰にでも出来る事ではありません」
私の言葉にジェイクのブルーサファイアの瞳が潤む。
頼むからそんな弱々しい所は見せないで欲しい。
余裕ぶって私を利用してやろうというくらいの彼の方がこちらも楽。
アンドレアに一泡吹かせたいが、最終的に皇位を継ぐのは彼でないと困る。
ずっと皇帝になる為に生きて来た彼が今更他のもの等にはなれない。
しかしながら、眼前のウブな男が悪評のある私の手をとったのは皇位に手を伸ばしたいからだ。
私は胸を締め付けるような切ない感情が自分の中に生まれるのを感じていた。
「ライナス皇帝陛下が俺を皇籍に戻すとは思わなかった。どんな手を使ったんだ?」
「皇帝とて所詮は男。女を使っただけですよ」
「ええっ?」
私の言葉に切れ長のジェイクの目がまん丸になる。
「ふふっ。嘘ですよ。冗談を間に受けないでください」
酸いも甘いも知っているような見た目をしているのに、言葉を間に受ける彼に私は思わず吹き出してしまった。
「冗談? 誰かに聞かれたらまずいレベルの不敬な冗談だぞ。結構リスキーな真似するなあ」
私は自分の右耳たぶのイヤリングに触れる。そんな私を彼は一瞬目を見張るように見た。
「今、ここには私とジェイク様しか居ませんわ」
(彼は私を母親の形見を預けるくらい信用してくれている)
ジェイクの顔が近付いてくる。キスされると思った瞬間、脳裏をアンドレアの顔が掠め顔を避けてしまった。
「今、アンドレアの事を考えてた? あいつ婚約破棄したくないって、駄々を捏ねてるらしいな」
私は考えを言い当てられた事に少なからずドキッとしていた。トキメキではなく罪悪感が襲う。
「すみません。すんなり婚約を破棄してくれると思ったのですが⋯⋯クラリッサの何が気に入らないのでしょうか?」
私と違い悪評もたってないクラリッサ。
オクレール侯爵家の結び付きも保てるし何の問題もない。
「本当に分からないのか? らしくもなく鈍感なフリをしてる?」
失敬な事を言われて、少しカチンと来た。私は鈍感ぶって気を引くような安い事はしない。
「アンドレアは確かに三年前まで私に好意がありましたが、今は聖女シエンナに心を奪われてますわ」
肩をすくめて言う私から彼は視線を逸らさない。
「俺が聞いているのはエスメの気持ち。聖女に構ってるアンドレアへの報復にバルベ公爵閣下に近付いた所はない?」
「それは私が恋するような女だった場合ですよね。残念ながら、私は誰にも心を渡しません。愛だの恋だの移ろいやすい感情に身を任していては、欲しいモノも失いますよ」
冷ややかな忠告をする私の言葉を黙って聞き入れるジェイク。
私を信用しているようで、疑っている彼。
「エスメが欲しいモノは何?」
「えっ?」
「アンドレアの隣にいたままなら、君は将来的に皇后の椅子に座ってたよね」
私の中にエスメ(ノエル)が断頭台に上がるシーンが蘇る。
(私が欲しいモノって⋯⋯)
退屈を紛らわせてくれる人でもなく、私を愛してくれる人でもない。
今、本当に欲しいのは、どんな時も自分の身を守れるだけの力。
「エンペラーメーカー。楽しそうじゃないですか。私が、このバルベ帝国を担う次の皇帝に冠を授けるんです」
頭によぎった不安な感情を吐露するのは、悪女の私らしくない。
あくまで強気で強かでありたい。
「なんだか可愛いな、エスメは⋯⋯」
聞こえないような小さな声で呟いたつもりかもしれないが、流石に至近距離なので耳まで彼の低い声が届いた。
私は虚勢を張ったのが露見したようで気恥ずかしくなる。
(顔が熱い。赤くなってなければいいけど⋯⋯)
「今は領地の感染症の事です。咳が止まらず肺炎になる病で原因は不明。持病のある老人などは死亡するケースも増えています」
「そうだな、アンドレアの件は誕生日すっぽかして、俺と旅行してると噂になれば解決しそうだ」
「旅行ではありません。感染症を甘くみないでください」
過去三回、この感染症は帝国全土まで広がってしまった。
結局、原因は不明。体力のある若者は三週間程の空咳と格闘した末に治癒。
問題はライナス皇帝を初めとする高齢者と幼い子供だ。
ジェイクが徐に黒い木箱を出して来た。パカっと開いたその箱の中には見慣れない薬草が幾つか入ってる。
「手に入るだけ空咳に効きそうな効能のある薬草を集めて来た。調合して薬を作れないかと思って」
「これは? キランソウ?」
東洋で万能薬とも呼ばれるもので、バルベ帝国では手に入らない。
全草を乾燥させて煎じて飲むだけで解熱効果もあるとも聞く。
領地で猛威を振るう感染症は咳も酷いが高熱により命を落とすものもいる。
直ぐに粉末させられるように、天日干しで乾燥させてある紫色の薬草。
私が領地に赴くと言った時に思いつきのように付いて来たジェイクが、実は綿密な準備をしていた事に鳥肌がたった。
「よく知ってるな。流石、博学なエスメ・オクレール。短期間で広がる感染症の特効薬を作るのは難しくても空咳を止められれば自然に回復するよな」
旅行に来たなどと軽口を叩いた割に、最適解に既にたどり着いている彼に私は驚いた。
過去三回、エスメ(ノエル)が咳止めに使ったのはケシ。
実際に咳を止める事のできる薬を作る事はできたが、バルベ帝国に感染症が蔓延するのを防げなかった。
それどころか、ケシは他国では麻薬として用いられている事が発覚し、エスメ(ノエル)は故意に麻薬を蔓延させたとして懲罰に掛けられた。
そんな中、シエンナは聖女の力で助けられる命を助けたと評判を上げる。
しかし、それは選別された少ない命。
エスメ(ノエル)が繰り返しの人生で馬鹿の一つ覚えのようにケシを利用したのを考えると、繰り返しの記憶がない可能性もある。
箱の中の薬草は簡単にバルベ帝国では手に入らないモノばかりだ。
「領地についたら直ぐに医師と薬師を呼びましょう」
「⋯⋯そんなキラキラした目をするなよ。これから、病の蔓延した地獄に行くんだぜ。怖くないのか?」
「それはジェイク様もですよね。感染対策を十分にしても私たちも罹患するかもしれませんわ。それでも、やれる事をやらない方がずっと怖いから私は現地に行くのです」
ジェイクが私の髪に触れてくる。私の髪が好きだと言ってたアンドレアの姿と重なった。
私を切なげに見つめてたかと思うとニカッと笑うジェイク。
彼は天性で人を惹きつける仕草や表情を身に付けてる。
「エスメの頭に俺が冠を被せたい。まずは、感染症との戦いに勝たないとな」
私は彼の決意表明に微笑みで返す。
富を享受するだけではなく、帝国民を守る責務を負う覚悟のある彼は間違いなく皇帝の器。
ジェイクが持ち込んだ薬草の効能や副作用を事細かに説明してくれる。
彼の薬草の知識に感嘆しながら、本当は感情に振り回されていた自分を反省していた。
ガタン! 突然の揺れと共に馬車が止まる。
窓の外を見ると森の中だ。
この森を抜ければ領地に着く、あと半日なのに運がない。
「暗殺者⋯⋯」
複数の黒装束の顔を隠した暗殺者に馬車が囲まれていた。
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