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残業を手伝ってくれたお礼だ。社会人としての礼儀だ。

「それでも、こんな時間に女性の一人歩きは危ないから」

「じょっ――」

突然、柳田さんが甲高い声を上げた。が、すぐに冷静さを取り戻す。

「――心配ご無用です」

扉が開くと同時に、彼女は颯爽と歩きだす。俺は、一歩後ろをついて行く。

「どうして?」

「通勤経路には深夜営業のお店もあり、私などより若くて綺麗で露出の多い服装をした女性も数多く見かけますので、彼女たちに危険はあれども、私には――」

「――普段からそんな話し方なの?」

丁寧を通り越して、ガッチガチに硬くなった口調に、俺は思わず口を挟んだ。

「はい?」

「初対面だけど、年もさほど変わらなそうだし――って、すいません。女性に年齢を――」

「――いえ、お気になさらないでください。私は今年二十八歳になりますので、是枝部長とは三歳違いになります。ですが、私のこの口調は、親しい友人以外には共通しているので、お気になさらないでください」

そう言われて気にならない人間が、どれほどいるだろうか。

どこから突っ込んでいいものかと思い、気づいた。

「あれ?」

俺は少し足を速めて、夜間通用口の脇の守衛室からこっちを見ている六十代半ばの守衛に社員証を見せて頭を下げた。柳田さんも同じ行動をとる。その間に、通用口の重いガラス戸を押した。

彼女は一瞬だけ足を止めて、「ありがとうございます」と言いながら外に出た。

俺は再び彼女の後をついて行く。

一歩ビルを出た途端、ムワッと蒸した空気に包まれた。

「どうして俺の年を知っているの?」

「有名ですから。我が社で最年少、齢三十一歳二カ月で部長に昇進したことは」

「正確には部長代理なんだけどね……」

「年齢を理由に代理になられたそうですが、実質経営戦略企画部を率いているのは是枝部長だということは、会社中が知っていることです」

まさか、清掃員の耳にも届くほど有名だったとは。

正直、かなり複雑な心境だ。

俺が部長代理に昇進できたのは、前部長の失脚によるもので、その失脚の足掛かりとなった不正を発見し、社長に報告したのは、俺。

幸運ラッキーだっただけだよ」

俺の言葉に、柳田さんは足を止めてクルッと身体を回転させた。

「運も実力のうちです! 前部長の不正が発覚したのは、是枝部長が情に流されず、正義を貫いたからです。それに、是枝部長の部長昇進は、役員会で満場一致での決定だったと聞いています。日頃の努力と実績が認められての昇進だと思います」

驚いた。

失礼を承知で言えば、いくら直接雇用とはいえ清掃員だ。前部長の不正はちょっとしたニュースにもなったから知っていてもおかしくはないが、役員会のことまで知っているのは不思議だ。

それに、そこまで知っているのなら、社内での俺の評判も知っているだろうに。

「面白いことを言うね」

「え?」

「俺は努力や苦労に無縁の男だよ!? 入社早々、社長の奥様に気に入られて仕事に恵まれ、大した苦労もせずにプロジェクトの立役者扱いされ、ちょっと顔がいいから広報の仕事なんかもかじったくらいにして、ついでに仕事が取れたから営業畑も経験できて、言いたいことを書きなぐっただけの経営戦略企画案が上司の目に留まったお陰で経営戦略企画部の第一課長に昇進できて、更にはたまたま気づいた部長の不正を報告したら後釜に座れたっていう超ラッキーメンだよ? 正義だの努力だの、鼻で笑われるよ」

そうだ。俺は運に恵まれて、ここまで昇ってきた。

運も実力のうち、なんていうけれど、俺の場合は『是枝彪は九割の幸運と一割の勢いでできています』なんてからかわれるほどだ。

自虐的に笑う俺に、彼女は鋭い視線を向けた。

「どんなに運が良くても、それを生かせるかは努力次第だと思います。社長の奥様に気に入られたのは、困っている奥様を助けたからでしょう? 運よく奥様と知り合えても、見過ごしていたら気に入られはしなかった。是枝部長の貢献度まではわかりませんが、プロジェクトが成功したことは事実です。どんなに顔が良くても、話術に優れていなければ広報は務まらないでしょうし、花形の営業部に異動になんてならないはず。書きなぐっただけの企画案でも、認められれば立派な企画書です。不正に気付いたのだって、ただボーッとしていて気付いたわけではないですよね?」

そう言うと、柳田さんは大きく息を吸い込み、再び俺に背を向けた。

さっきより広い歩幅で歩きだす。

猛暑の今年は、九月の深夜でも風がぬるい。

だが、俺の身体がいつも以上に火照っているのは、風のせいだけじゃない。

彼女の背中で揺れる三つ編みを追いかける。今度は後ろをついて行くのではなく、隣に並ぶ。

「柳田さん!」

「何でしょう」

「一杯、飲みに行きませんか?」

「はい?」と、彼女は歩みを止めずに顔だけこちらに向けた。

「俺、今日は昼から何も食ってなくて。どうせ終電も逃しちゃったし、柳田さん家の近くの深夜営業の店で付き合ってください」

「そういうことでしたらご案内します。が! その店には私よりも若くて――」

「――残業を付き合ってくれたお礼に、ご馳走させてください」

薄暗くてよく見えないが、きっと彼女は相当に怪しんでいるだろう。

「俺、借りを作るの嫌いなんだ。だから、自己満足に付き合わせて申し訳ないけど――」

「――お礼なら、別の形でお願いします」

「えっ!?」

まさかの申し出に、俺は身構えた。

何度も言うようだが、俺はモテる。

以前、何かのお礼を申し出た時は、「恋人になってください」と言われた。

それはさすがにと断ると、「なら、一晩だけでいいから」と抱きつかれた。

俺は慌てて彼女の身体を引きはがし、すぐそばの自販機でジュースやコーヒーなんかを適当に三本買って、渡した。

「お礼に」と。

さらにいつだったかは、俺の家の鍵をねだられた。

なんと恐ろしいことだろう。

その時は、自販機で五本買った。

さて、今度は何を求められるのか。

否応なく眉間には皺が寄り、肩に力が入った。

「別の形って?」

「あ……」

言葉に詰まり、彼女は辺りを見回す。

「ここではちょっと……」

嫌な予感しかない。

「じゃあ、どっか店で――」

「――私の部屋に来てください!」

彼女は必死の形相で、ずいっと俺に顔を寄せた。


マズい。


見た限り、周囲に自販機はない。

俺は引きつった表情を悟られまいと、ぎこちなく笑った。

「えっと……、この辺に自販機はあるかな?」

「自販機ですか!?」

「うん」

「うちのアパートの前にあります」


ますます、マズい。

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