テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#独占欲
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
ルナ・マグの奥の小部屋で目を覚ますと、木の机にトーストとゆで卵と、湯気の立つコーヒーが並んでいた。窓の外はもう朝を過ぎている。ディアビレは上体を起こした瞬間、昨夜のベルの音と視線の痛さをまとめて思い出し、顔をしかめた。
その時、扉が二回だけ軽く鳴った。
「入る」
返事を待たずにジナウタスが入ってくる。いつも通りの無愛想な顔なのに、視線だけがこちらの無事を数えるみたいに細かかった。
「熱いうちに食べろ」
「その前に説明してください」
ディアビレは毛布をはねのけた。「なんですか、婚約者候補って」
ジナウタスは一度だけまばたきして、椅子を引いた。
「守るために言った」
「雑!」
思わず声が跳ねる。怒っているのに、胸の奥のどこかが妙に熱いのが腹立たしい。
「もっと別の言い方があったでしょう」
「たとえば」
「たとえば……たとえば……」
そこで詰まってしまい、ディアビレはますます腹が立った。確かに、あの場でセルマの手を止めるには、一番乱暴で一番効く言葉だったのかもしれない。
ジナウタスはその沈黙を見て、少しだけ口元をゆるめた。
「ほら、惜しい」
「今その口癖やめてください」
「じゃあ別の言い方をする。おまえを一人で壁に立たせたくなかった」
その声は低く、冗談を入れる余地がなかった。ディアビレは視線をそらし、机の上のナイフに触れる。トーストにまだ手をつけていないのに、なぜか指先だけが落ち着かない。
「……迷惑です」
「少し嬉しかった顔で言うな」
「見ないでください」
「見てる」
即答だった。顔が熱くなる。こんな時に限って、コーヒーの香りがやさしすぎる。
「とにかく、嘘なんでしょう」
「今はな」
ジナウタスはそこで言葉を切り、ディアビレの目をまっすぐ見た。
「でも、嘘のままでも守る」
部屋の空気が静かに張る。窓の外でかもめが鳴いたのに、その音さえ遠かった。ディアビレは返事を探したまま、結局トーストを一口かじるしかできなかった。塩気より先に、自分の鼓動がうるさい。