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蓮司は、まだ膝をついたままの遥を見下ろしていた。殴られた頬には、赤い熱がこもっている。
けれど、その痛みすら、今はただの余韻にすぎない。
「なあ、遥」
静かな声で、蓮司はしゃがみこむ。
視線を、同じ高さに落としてやる。
「おまえ、また“日下部のせい”にしてんの?」
遥の肩が、びくりと揺れた。
震える手で自分の髪を掴むように、額を押さえる。
「……してない、そんなこと……」
絞るような声だった。
反射的な否定。でも、声はかすれていた。
「そう? だって今、“あいつが優しくしたから俺が壊れた”って顔してたじゃん」
蓮司はあくまで、笑っていた。
挑発でも、怒りでもない。
ただ、“壊れる寸前の玩具”に向けるような目で。
「優しくされたかったんだろ。触れてほしかったんだよな?」
遥は何も返せない。
唇がわずかに動いたが、声にはならなかった。
蓮司は、彼の顔をじっと見つめた。
泣き腫らした目。紅潮した頬。噛みしめた唇。
「──なのに、“あいつを汚した”とか言ってる。
ほんと、おまえって、ずるいよな」
その一言に、遥の顔が強張った。
蓮司はさらに続ける。
「“あいつのまっすぐな目が壊れたのは俺のせい”だとかさ。
勝手に背負って、勝手に罪にして、勝手に泣いて……。
それ、ほんとに“あいつのこと”見てんの?」
遥は、声にならない息を吐いた。
それでも、かぶりを振る。必死に、否定するように。
「違う……俺は……俺は──」
「なにが違うの?」
蓮司の声は、淡々としていた。
けれど、その語尾には微かな愉悦が滲んでいた。
「“欲しかった”んだろ。あいつの声も、手も、体温も。
なのに、“触れたいと思っただけで汚した”って──。
……なにそれ。どっちかにしろよ」
遥の手が、床を掴む。
その指先は、血がにじむほどに深く喰いこんでいた。
「──そんなに、怖いの?」
蓮司が囁いた。
「“救われる”のが。
“誰かに触れられる”のが。
“壊れないまま、愛される”のが──さ」
遥の身体が、細かく震えた。
喉の奥で、呼吸が引っかかっている。
けれど、もう逃げ場はなかった。
「大丈夫だよ、遥」
蓮司がふわりと笑った。
その指が、遥の頬に触れる。
「おまえが壊れるの、俺が見ててやるから」