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翌朝、イーサム王国はエルフ・バリアも隠れる厚い雲に覆われ激しい雨が街を叩いていた。カザンのアパートは首都郊外の古い石造りの建物の一室。外壁のひび割れからは雨水が滲み、窓際に吊るした観葉植物の鉢からも、ぽたりと雫が垂れていた。屋根を打つ雨音と、隙間風にきしむ窓枠の音でカザンは目を覚ます。
「寝落ちしていたのか……」
狭い台所でコーヒーを淹れる。カップは縁が欠け、底にはインクの染みがこびりついていた。棚には読み古した週刊誌や資料の山、壁にはスクープ記事の切り抜きがピンで留められている。書斎代わりの机に戻ると、そこにはラッセルから託されたスメラの光結晶チップと勲章バッジが置かれていた。
それは、彼がまだ生きていると信じられる、唯一の拠り所だった。
(ラッセル……無事に連絡くれよな。俺はこれから筆で国民に真実を伝えるからな)
カザンは深く息を吐き、淹れたての苦いコーヒーを一口すすり、ホログラムPCを立ち上げた。
【潜入調査! ラッセル大佐と共に追った――国家中枢の闇 スメラ秘書官失踪事件の黒幕!】
見出しの太く青い文字が揺らいでいた。
ラッセルの勲章とスメラの光結晶チップを見た後、カザンはリード文を作成し始める。
――前号で私たちは、政務官の連続失踪事件と「モンスター家政婦政策」の裏に潜む不穏な影を報じた。そこに浮かび上がったのは、首相リヴァンとラマズド科学技術長官の“危険な関係”であった。
それから、数日後、スメラ首相秘書官が突如として姿を消した。その不可解な失踪事件の真相を追うため、私はラッセル大佐と共に旧庁舎に潜入した。取材の果てに、目にしたのは徹底的に隠ぺいされた粛清の現場だった。――
キーボードの打つ手が止る。
「ふっー」
部屋に溜まった重い空気を追い払おうと、窓を少し開けると、雨に濡れた石畳の通りから新聞売りの少年の声が響いてきた。
「号外だ! 旧庁舎爆破事件の詳細! 首相府は“魔物襲撃”と発表!」
「何だと!?」
カザンは反射的にアパートの階段を駆け下り、号外を受け取った。
紙面には大きく「旧庁舎 魔物襲撃! 首相、無事」と黒々とした活字が踊り、下段には「ラッセル大佐・カーン警備長 殉職」と冷たい文字が並んでいた。
「やっぱりラッセル大佐が……」
「首相閣下は無事でよかった……」
周囲の市民がざわめき、号外を食い入るように読んでは安堵の息を漏らす。
その声は、雨音と混ざり合ってカザンの胸を締めつけた。
彼は号外を握りしめると、部屋へ駆け戻り、書類の山からリモコンを探し出し、震える指でテレビを点けた。
『速報です。昨夜未明、首相府官邸の旧庁舎から大型魔物ギル・グラギラスが侵入。リヴァン首相を襲撃しましたが、治安部隊の迅速な対応により撃退されました。しかし、官邸警備にあたっていた軍のラッセル大佐と、カーン官邸警備長が重傷を負い、殉職された模様です』
「嘘つけ! 信じられるかよ!」
画面が切り替わり、顔と手に包帯を巻いたリヴァンが記者会見に臨んでいた。虚ろな笑みを浮かべながら、しかしその瞳だけは赤黒く揺らぎ、不気味な光を宿していた。
『国民の皆様、ご心配をおかけしました。このたびの魔物襲撃は軍隊と治安部隊の迅速な対応により鎮圧されました。犠牲となったラッセル大佐、カーン警備長の英雄的行動に、深い哀悼の意を表します――』
続いて映し出されたのは、街頭で会見を見守る市民たちだった。
『首相は本当に国を守ってくださったのですね……」
『ラッセル大佐も立派な方……』
雨に濡れた広場には安堵の拍手が広がり、涙をぬぐいながら微笑む人々の姿があった。
(新聞もテレビも……すべて同じ筋書きで動いているのか……!)
「リヴァン! 詭弁を吐いて、こんなフェイクを!……ラッセルが殉職なんて信じられるか!」
カザンは机を叩き、コーヒーが書類の端に広がった。
(リヴァン……お前の悪事を、必ず世界に暴いてやる! 筆の力でな!)
一度書きかけたリード文をすべて消す。真っ白な画面が、彼の怒りを映し返す。そして、新しい見出しを打ち込んだ。指がキーボードを叩く音が早鐘のように響く。
【黒幕はリヴァン首相だった――相次ぐ政務官失踪と旧庁舎“魔物襲撃劇”の全貌】
前号で私たちは、政務官の連続失踪事件と「モンスター家政婦政策」の裏に潜む不穏な影を報じた。そこに浮かび上がったのは、首相リヴァンとラマズド科学技術長官の“危険な関係”であった。そして今回、決定的な証拠を入手した。
さらに、「ラッセル大佐とカーン警備長が殉職」――公式発表はそう伝える。
だが、ラッセル大佐が殉職したと伝えられた夜。――私はラッセル大佐と共にスメラ秘書官の失踪事件を追い、旧庁舎へ潜入していた。その取材の果てに私が見たものは、徹底的に仕組まれた粛清の現場であった。旧庁舎が魔物によって偶発的に爆発・火災を起こしたのではない。真実を知った者たちを、その場で警護用ドローンや制御された“護衛モンスター”で粛清しようとした計画的な行為である。私たちはやむを得ず交戦し、あの惨事が生じた。幸い、私たちは間一髪で逃げ切った。
スメラ秘書官は、国家を揺るがす禁忌の研究を国王陛下に告発しようとしたために、標的にされ粛清された。
王立科学アカデミー研究所で表向きに進められていた「家政婦モンスター高度知能計画」は隠れ蓑にすぎなかった。実際に密かに進められていたのは、イザリオ王子とエルファーナ王女のクローン計画、そして国家の安全を脅かす危険な魔物研究であり、これに異を唱えた政務官たちが次々と排除されたと判断される。
現場で浮かび上がった黒幕は現首相リヴァンである。さらに、リヴァンを補佐するラマズド科学技術長官、そして新たにマラー首相補佐官の三者が関与していることが確認された。政務官失踪の連鎖、禁忌研究の隠蔽、情報統制――そのすべてが首相の指示により仕組まれていた可能性が高い。決定的な根拠として、ドラン帝王とリヴァンの極秘会話の録音データも確認できた。
「殉職」という公式報道は、真実を覆い隠すための巧妙な情報操作にすぎない。スメラ秘書官、ラッセル大佐、カーン警備長は、国家にとって“不都合な存在”とされた。だが私は信じる。彼らはまだ生きており、国民を守ろうとする強い意思を失っていないと。
本記事は国民に衝撃を与えるだろう。
「首相を陥れようとする記事だ」と非難する向きもあるだろう。だが、ここに示すのは、旧庁舎で私が直接確認した事実である。
「俺は剣で国を護る。私は筆で国民に真実を伝える」――それが、ラッセルと私が交わした約束だ。
嘘が真実に、真実が嘘にすり替わる前に。国民の皆さんに伝える。これは国家転覆の企てであり、その首謀者は現首相リヴァンである。以下に、我々が旧庁舎で入手した極秘ファイルの要旨、ドラン帝王とリヴァンの極秘会話(要約)、時系列、写真・証拠の説明を続ける。
記事を書き終え、編集長オルドリッジ宛てに記事を送信した。机の上のスメラの光結晶チップと、ラッセルの勲章バッジを手に握りしめ祈った。
(俺はラッセル達が生きていることを信じる!)
コメント
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ああ、もう、胸が苦しくなりました……。カザンが号外を握りしめて駆け戻るシーン、本当に手に汗握りました。政府が流す「ラッセル大佐殉職」のニュースと、カザン自身が目撃した真実とのギャップが痛いほど伝わってきて、彼の怒りと無力感がひしひしと。でもそこで筆を折らず、見出しを書き換えて立ち向かう姿勢に、心を打たれました。「俺は筆で国民に真実を伝える」——その言葉が、雨の暗い朝に一筋の光を灯しているようでした。ラッセルが生きていると信じるカザンの祈り、届いてほしいです。