放課後の教室。机を蹴り散らしたままの円陣の中で、日下部は俯いて動かない。隣に座る遥は、何度も視線を向けようとしては逸らしてしまう。胸の奥を、罪悪感と恐怖が交互に抉っていた。
「……なぁ」
誰かが笑いを含んだ声を投げた。
「親のこと喋っちまうなんてさ、遥って結局、自分が楽になりゃ相棒でも売るんだよな」
遥の心臓が止まる。
「ち、違う……!」
思わず声が漏れた。
「俺は、そんなつもりじゃ……っ。守りたくて……」
必死の否定は、加害者にとって格好の餌だった。
「ははっ、守りたくて暴露? おかしいだろそれ。言い訳ばっかりだな」
「ほら日下部、聞いてるか? “守ろうとしてお前を売った”んだと。どう思う?」
日下部の肩がわずかに揺れた。だが顔は上げない。
その沈黙が、遥の喉を締め上げる。
「……俺、間違えたんだ……」
震える声で言う。
「守りたくて、でも……どうしていいか分からなくて……」
「どうしていいか分からなくて裏切るのか?」
加害者の笑いが刺さる。
「結局、自分のためだろ。怖いから喋って、矛先を相棒に向けさせただけ」
遥は慌てて首を振る。
「違う! 本当に違う! 俺は……俺は……」
その必死さすら、加害者の口角を歪める燃料になった。
「なぁ日下部。お前の“守ってやる”って言葉、笑えるよな。実際はこうだ。泣きながら謝って、結局はお前を犠牲にする。これが友情か?」
日下部の拳が膝の上で震える。
遥はその様子に気づき、さらに言葉を重ねた。
「ちがう! 俺は裏切るつもりなんて……」
「でも結果は裏切りだよな?」
「……っ!」
否定すればするほど、全てが空回りしていく。
加害者の声が教室中に響くたび、遥の叫びは浅い水に溺れるように沈んでいく。
「いいか? 遥はまたやるぞ」
笑い混じりの囁きが日下部の耳に注がれる。
「次も何かあれば“守るため”とか言って、またお前を売る。そういう奴なんだ」
遥は息を呑んだ。
「そ、そんなこと絶対しない! 俺はもう間違えない、絶対に――」
その声を、日下部が遮った。低く、押し殺した声だった。
「……もう、いい」
遥の胸が凍りつく。
「日下部……?」
顔を上げた彼の目は、遥を見ていなかった。遠く、虚空の一点を見ていた。
その冷たさが、言葉より雄弁に突き放していた。
加害者の笑いが広がる。
「ほらな、決定的だ。友情ごっこは終わりだな」
遥は必死に口を開く。
「ちがう、違うんだ……俺は……守りたかったんだ……っ」
だがその声は、もう誰にも届かなかった。







