テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
つの丸は、一つ目の“目”を容赦なく三本の腕で貫いた。
そして、その余韻を味わうように、ゆっくりと腕を引き抜いた。
一つ目は体を震わせながら、一歩、二歩と後ずさりし、つの丸との距離を取ろうとする。
つの丸は、あえてミミズの魔物を解き放った。
「まだ死んでない!とどめをささなきゃ!」
自分の口から出た言葉が、もはや女子高生のものではないことに、胸の奥がざわつく。
「そうよ!そうよ!ぶち殺して!」
でも、その言葉を聞いて胸をなでおろした。
(……私の方がまだマシかも……)
「分かっている。わざと生かしておいた。」
どこかで聞いたことのある言い回しだった。
(ササキレイナが殺された時……真帆が言ってた……あの時の真帆、今思えば……なんだか懐かしい……でも、もう戻れないんだな……)
つの丸が真帆を指さした。
「とどめはお前がさせ。」
「えっ?私?」
困惑する真帆をよそに、私は理由がすぐに理解できた。
とどめを刺せば、そのレベルは真帆のものになる。
この先を考えて、つの丸はあえて真帆に力を渡そうとしている。
「じゃあ、もらっちゃおうかな〜」
相変わらず軽い。
でも、真帆がその理由を知った時、どう思うのだろう。
生き残れるかどうかは、もう真帆にかかっているのに。
「どうやってとどめをさすのさ?」
つの丸は後ずさりを続ける一つ目を、根となっているミミズの魔物を手繰り寄せることで足をすくい、強引に転倒させた。
そのまま前へ進みながら、足元のミミズの魔物を次々と踏みつぶし、一つ目との距離を詰めていく。
最後には、一つ目の両足を容赦なく踏み砕いた。
その容赦のなさに、あらためて“つの丸は魔物なのだ”と実感する。
「とどめをさせ。」
「わかった。」
真帆は恐る恐る一つ目に近づく。
近づいた瞬間、真帆が顔をしかめて言った。
「くさっ!なにこれ……最悪……」
それでも、足は止めない。
震えながらも、一歩ずつ前へ進む。
「目の右下に急所がある。そこを狙え。」
「どこよ?右下ってどのへん?」
つの丸は無言で一つ目の腹に指を突き立て、急所の位置を軽く示すように突き刺した。
「……ああ、そこね。分かった!」
「くらえーっ!」
真帆が叫び、刀を振り下ろそうとした瞬間──
一つ目の腹が裂け、隠された“口”が開いた。
「いけない!忘れてた!」
「く、口ーっ!?」
一つ目の腹には、もうひとつの口のような裂け目があったことを忘れていた。
あの時、ノートに記録したはずなのに。
「わぁーーーっ!」
真帆は叫びながら、一つ目の体に飲み込まれた。
「真帆ーーーっ!」
息が詰まる。
胸が一気に冷たくなる。
つの丸でさえ動きを止めた。
時間が伸びたように感じるほどの静寂が落ちる。
数秒後──
一つ目の腹の裂け目から、ぬっと人の手が突き出た。
続いて、真帆の腕がずるりと押し出されるように現れる。
私は反射的に駆け寄り、その腕をつかんだ。
「真帆!こっち!」
全身の力で引き寄せると、真帆の身体が腹の口からずるりと抜け出した。
真帆の身体は、ぬめっとした液体で全身がべっとり濡れていた。
「……最悪……」
「生きてる……」
「当たり前じゃん!間一髪で……」
その言葉通り、真帆の刀は一つ目の急所に突き刺さっていた。
「死んだかと思ったよ……」
「私も……」
真帆が笑う。
つの丸は二人のやり取りを黙って見ていた。
ふたりの会話の合間に、光の玉が浮かび上がる。
「赤じゃない……」
赤と黒が混ざり合い、まるで“変異した心臓”のように脈打つ異様な光の玉だった。
その瞬間、真帆のレベルが急速に上がり始める。
数字が一気に跳ね上がり、レベル表示が高速でカウントアップしていく。
「……うそでしょ……」
予想はしていたが、ここまでとは。
「どんだけ上がった?」
「……33K。」
「33Kって……いや、ちょっと待って……それ、もう……人間じゃないレベルじゃん……」
困惑しているはずなのに、声が少し弾んでいる。
真帆は刀を軽く構え直すと、急に足を開いた。
「めん!どう!こて!……よしっ、体が軽い!」
剣道の素振りを始め、刀を振るたびに空気が鋭く裂ける。
その動きは、どう見ても嬉しさを隠しきれていなかった。
「これなら、つの丸とやりあえるよね!」
そう言ってつの丸を見る。
「……え?」
つられて私もつの丸を見る。
絶句した。
つの丸のレベルは──153K。
今、気付いた。
「51Kじゃなかった?」
「気にするな。」
「答えになってない!」
つの丸の腕がゆっくりと霧のようにほどけ、顔の形も静かに収束していく。
異形の輪郭が淡く揺らぎ、次の瞬間には、いつもの姿に戻っていた。
レベルも自然に51Kへと落ち着いていく。
聞きたいことは山ほどあるが、黙って見つめるしかなかった。
「こいつの記憶を読んだ。」
「記憶を読んだ?」
「ああ。目を貫いた時、ついでに読んでおいた。」
「そんなこともできるんだ……」
「何かわかったの?」
「千夏はやはり、魔界の中心に向かったようだ。」
「生きてるんだ……千夏……」
「それなら急がなきゃ!」
強くうなずく。
少し前から千夏の記憶が薄れていく。
真帆も同じだ。
魔界の空気が記憶を風化させているのだろう。
千夏との思い出が少しずつ消えていく。
つの丸は何か言いたげな顔でこちらを見る。
「つの丸?」
声をかけても、つの丸は答えない。
胸騒ぎはするが、今は前に進むしかない。
私は、魔界の中心へ向かって歩き始めた。
中心は近い。
重力がさらに強くなる。
千夏の足取りが分かり、中心が近いと分かったことで、ようやく“その先”のことを考える余裕が生まれた。
「人間界に行き来できる扉……人間は通れるの?」
「良い質問だ。お前たちはプラスがなくても通れる。人間だろ?」
真帆が思わず叫ぶ。
「ちょっと!それ、もっと早く教えなさいよー!」
つの丸は淡々と返した。
「聞かれなかったからな。」
「そういう問題じゃないでしょ!」
ふたりの言い合いを見ていると、思わず口元がゆるんだ。
こんな状況なのに、まるでいつもの放課後みたいだ。
(ほんと、良いコンビだな)
しばらく歩くと、前方が騒がしい。
数匹の魔物がこちらに向かって突進してくる。
「いきなり!?」
「つの丸!」
「よく見ろ。」
魔物は確かにこちらへ走ってくる。
だが、何かがおかしい。
私たちに向かっているのではない。
“何かから逃げている”。
魔物たちは走りながら、何度も後ろを振り返っていた。
恐怖で目を見開き、足をもつれさせながら必死に逃げてくる。
「……何から……?」
魔物の向こう側に目を凝らす。
返り血を浴び、全身を赤く染めた少女が、静かに歩いてくる。
顔は血でほとんど見えないのに──
歩くたびに揺れる“高い位置のポニーテール”だけは、見間違えようがなかった。
「……千夏……?」
「奈月?」
魔物を追っていたのは──
返り血を浴びた千夏だった。
千夏は、まるで放課後の廊下みたいに駆け寄ってきた。
「奈月! 真帆! ……その魔物は?」
千夏の視線がつの丸に向いた瞬間、
ほんの一瞬だけ、千夏の表情が揺れた気がした。
すぐに笑顔に戻ったけれど──
その“わずかな間”が、胸の奥にひっかかった。
「よかった……!ほんとに……!」
千夏は私たちに抱きつくように近づいてきた。
その笑顔は、何度も見てきた“いつもの千夏”だった。
つの丸だけが、一瞬だけ目を細めた。
でも、すぐにいつもの無表情に戻った。
私は胸の奥がじんわり温かくなるのを感じた。
──なのに。
その温かさの奥で、言葉にならない“ざわつき”が、かすかに揺れた。
理由は分からない。
何が変なのかも分からない。
ただ胸の奥に、小さな棘みたいな違和感が刺さったまま、抜けなかった。