テラーノベル
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階段を降りる蓮司の靴音が消えても、日下部は動かなかった。
壁に背を預けたまま、わずかに肩が上下していた。
寒いわけじゃない。震えたくて震えてるわけでもない。
けれど、皮膚の下だけが揺れていた。
さっきの“言葉の刃”が、
まだ喉の奥に突き刺さったままだった。
(……俺は、また黙ってた)
反射で返した一言は、怒鳴り声にもなれなかった。
蓮司の掌は、ただ触れただけだった。
暴力じゃない。けど──暴力よりも、逃げられなかった。
(見てるだけのくせに)
(こっちの目の奥まで、全部見てるみたいな顔して)
(壊れるのを待ってる)
違う。わかってる。
あいつは何も“奪って”いない。
なのに、触れられただけで、喉が焼けるほどの不快感が残った。
──“似合ってるよ”──
その言葉が、腐った釘のように皮膚の裏で錆びている。
(遥と、似てるって……)
(……ふざけんな)
胸の奥がきしむ。
怒りの形はしていない。ただ、自己嫌悪の熱が噴き出していた。
(俺は……)
(また、何もできなかった)
あのときの沈黙が、今も背中についている。
蓮司の前で、黙った自分。
遥が見てるから──とか、守るためだったとか、いろいろ理由はつけたけど。
本当は、ただ怖かっただけだった。
(声を出して壊れるくらいなら、黙って飲み込んだ方がマシだった)
その“選択”が、遥を傷つけた。
なのに──今もまた、同じだった。
蓮司の指は刃じゃない。
けど、あいつは壊し方を知ってる。
言葉で、間で、沈黙で。
どこにも傷がないまま、人を“壊れる側”に置くやり方を。
(俺じゃ、止められない)
(遥のときも、今回も)
(……次、誰かが見てたら)
遥が見ていたら、俺は何ができただろう。
さっきの一言でさえ、震えていた。
もし、遥の目があったら。
黙って見ていた遥の顔が浮かんだら。
……きっと、声は詰まっていた。
(まだ、俺は──変われてない)
(遥の隣に立つなんて、言えないくせに)
目を閉じた。
蓮司の声と、指先の感触と、
その全部が、遠くで残響していた。
息が、うまくできなかった。
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