テラーノベル
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封筒の中に入っていたのは、一枚の写真だった。
色は少し褪せている。それでも、そこに映る景色ははっきり分かった。まだ改装前のホテルの裏手、海へ下る石段の途中。若い二人の女性が肩を寄せて笑っている。ひとりはディアビレの母、もうひとりはジナウタスの母だ。その足元には、幼い子どもが二人。
片方は砂だらけの手で小さなスプーンを握りしめ、もう片方はそれを覗き込むように屈んでいる。
ディアビレは息を止めた。
「これ……私」
「こっちが俺だな」
ジナウタスの声も、いつもより少し低い。
二人は出会うよりずっと前から、同じ場所にいたのだ。覚えていないほど幼い頃に、同じ海風の中で、同じ石段に立っていた。
伯母がやわらかく言う。
「あなたたちの母親はね、ホテルと喫茶室を別々のものだと思ってなかった。眠る前に心をほどく場所と、朝また歩き出せる場所。その間をつなぐ灯にしたかったの」
写真の中の笑顔が、その言葉を裏づけるみたいに見えた。
ディアビレは指先で写真の端をなぞる。なくしたと思っていたものが、最初から完全には消えていなかったのだと分かる。奪われた年月は戻らない。けれど残っていた灯を、今の自分たちが拾い上げることはできる。
「運命って言葉、あんまり好きじゃなかったんですけど」
ディアビレが苦く笑うと、ジナウタスも少しだけ口元を緩めた。
「俺もだ」
「でも、これはちょっと反則ですね」
「否定はしない」
伯母は満足そうに帽子をかぶり直し、ゲティと一緒に先に店を出ていった。気を利かせたというより、見届けるものは見届けた顔だった。
店に残ったのは二人だけになる。静かな夜だ。カウンターの上には写真が一枚。海鳴りがかすかに届く。
ジナウタスはその写真を見たあと、ディアビレの方へ向き直った。
「今度は隠さない」
低い声だった。身分のことも、気持ちのことも、全部まとめて言っていると分かる声。
そして彼は、迷わずディアビレの手を取った。
あの朝に差し出されたマグより、今の手の方がずっと熱かった。
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