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#執着
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「仕事のパートナーか……。確かに、そういう言い方もできるかもな。
でも、それだけじゃない。それだけなら、結婚生活なんて必要ない。
俺は亜紀がいてくれるからこそ、今の俺でいられるんだ」
亜紀がいてくれるから……
今の俺でいられる?
妙に落ち着き払った彼を見つめたまま、私は口をつぐみ、静かに眉を寄せた。
「学生時代から、俺は亜紀を羨ましく思ってた。
お前は挫折を挫折のままで終わらせない。
家庭の事情もあるんだろうが、目標に向かって努力を惜しまない、その芯の強さには脱帽だ。
お前が走り続けているからこそ、俺も負けたくないと思って走り続けられる。……それだって、立派な夫婦の形だろ?」
「それは……」
いつも強気なこの人が、私に脱帽……?
羨ましかった……?
信じられない。
まさか遼の口から、そんな言葉が出るなんて……。
驚きのあまり、声も出なかった。
真っ直ぐに私を見つめたまま、彼は静かに続ける。
「俺はただ、亜紀にこのチャンスを逃してほしくないんだ」
どんなに言葉を変えても――
結局は『仕事のパートナー』ということ?
それが、遼の望む夫婦の形なの?
私は彼から視線を逸らすように、ゆっくりとうつむいた。
「……」
胸に渦巻く重たい感情に飲み込まれ、何も言葉が見つからない。
彼の言葉を何度も頭の中で繰り返すたび、とりとめのない虚しさだけが静かに広がっていく。
違う……。
私が望んでいたのは、そんな関係じゃない。
遼は、最初からそれだけを望んで私と結婚したの?
……違う。
そんなの、夫婦の信頼関係じゃない。
夫婦の愛情なんかじゃない。
それじゃ、まるで――
「辛気臭い話はやめよう」
不意に掛けられた彼の声で、私ははっと顔を上げた。
「今日は亜紀のお祝いなんだ。こうして二人でゆっくり過ごせる時間なんて、なかなか取れないからな」
「……うん。そうだね……」
「亜紀の言うとおり、まだ引き抜きが決まったわけじゃないしな。本人より、俺の願望だけが先走ってた」
遼は炒飯を小皿へ取り分けると、私の前へ置いて穏やかに笑った。
「……遼がそんなに喜んでくれるなんて思わなかった。……ありがとう」
私は彼が取り分けてくれた小皿へ視線を落とし、小さく礼を口にした。
「それにしても、想像しただけでわくわくするよな」
「わくわく……?」
「亜紀が循環器病センターで活躍して、何年かしてこっちへ戻ってきたら教授の座だって夢じゃない。
循環器内科の教授は亜紀。
心臓外科の教授の椅子は、もちろん俺がもらう。
夫婦で教授だぞ?
……どうだ、面白いだろ?」
上機嫌な笑みを浮かべ、遼はビールを口へ運んだ。
「……話が飛躍し過ぎよ」
私は苦笑いを浮かべ、小さく肩をすくめる。
「ああ、そうだったな。悪い悪い」
遼はくくっと喉を鳴らすと、一息つき、何気なく店内へ視線を向けた。
将来は、夫婦で教授か……。
私は自分の視線にも気づかず店内を眺める彼を見つめ、冷え切ったため息をそっと飲み込んだ。
……また。
私、逃げたんだ。
必要とされていないわけじゃない。
でも、あなたに必要とされている私は――。
静かな寂しさが、少しずつ心を蝕んでいく。
「……なんて滑稽」
心の中でつぶやいたはずの言葉が、声になってこぼれ落ちた。
「ん……? なに?」
聞き取れなかった遼が、片眉を上げる。
「ううん……何でもない」
小さく首を振り、形だけの笑みを浮かべた。
コメント
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読ませていただきました。第52話、亜紀さんの内面がひときわ深く描かれていて胸が締め付けられました。「遼は最初からそれだけを望んで私と結婚したの?」という問いが、ページの向こう側からまっすぐに届いてきたようです。仕事のパートナーとして認められつつも、もっと別の形で愛されたい――そのすれ違いの描き方が本当に繊細で。最後の「滑稽」というつぶやきが、彼女の諦めにも似た孤独を静かに象徴していて、余韻がずっと残っています🌷