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#執着
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***
「遼もお風呂に入ったら? 明日はカンファで、いつもより早いんでしょ?」
濡れた髪をタオルで拭きながら、淡いグリーンのソファーへ近づいた。
外食から戻った遼は、お気に入りのグラスにブランデーを注ぎ、ソファーへ寝転んでニュース番組を眺めている。
「ん?……ああ」
彼は画面へ視線を向けたまま、気だるそうな返事だけを寄越した。
「ねぇ。そのまま横になってたら寝ちゃうよ」
クッションを枕代わりに寝転ぶ夫の足元へ立ち、起き上がる気配のない彼へもう一度声を掛ける。
「ああ、分かってる。起きる起きる。風呂に入る入る」
今にも閉じそうな瞼を無理やり持ち上げると、いかにも面倒くさそうに腰を上げた。
「飲み過ぎたんでしょ」
「んー、ちょっとな」
私を一瞥すると、遼は軽く笑ってバスルームへ向かった。
私はその背中を見送ると、まだ体温の残るソファーへ腰を下ろす。
タオルを頭へ巻きつけ、
「はぁ……」
と大きくため息をつき、そのまま背中からソファーへ身を預けた。
その瞬間――
背中に硬いものが当たり、小さく声を上げた。
「痛っ」
肩甲骨のあたりに何かが挟まっている。
鈍い痛みに顔をしかめ、思わず身をよじった。
体を起こし、倒れ込んだクッションのあたりへ目を凝らした。
「もう……またこんな所にライター置いて。あ、煙草まで。
いつもテーブルに置いてって言ってるのに」
私の背中に当たったのは、遼が愛用している黒いカルティエのライターだった。
枕代わりにしていたクッションの脇からは、煙草まで顔をのぞかせている。
きっと、寝転びながら煙草を吸っていたのだろう。
テーブルへ手を伸ばすのも面倒になり、そのまま枕元へ放り出す夫の姿が目に浮かんだ。
床へ視線を落とすと、案の定、灰皿までフローリングの上に置かれている。
「まったく……神経質なのか大雑把なのか。本当に極端な人なんだから」
思わず嫌味が口をつく。
灰皿をテーブルへ戻し、ライターと煙草を手に取ってクッションを持ち上げた。
「えっ……」
何気なく持ち上げたクッションの下から現れたものに、胸がどくりと嫌な音を立てた。
「どうして……クッションの下に携帯が……」
遼の携帯電話が、隠すようにクッションの下へ押し込まれていた。
戸惑いながら、私はゆっくりとそれへ手を伸ばす。
……わざと?
それとも、寝転んでいるうちに下敷きになっただけ?
でも……。
こんなふうに、完全にクッションの下になる?
「……」
膝の上へ置いたライターと煙草を見つめる。
私がお風呂に入っている間、誰かと電話してた?
それともメール?
私には言えない相手?
だから、とっさに隠した……?
次々と浮かぶ考えが、頭の中を駆け巡る。
その瞬間――
そうだ……。
夕方、竹田先生と電話していたって……。
激しく脈打つ鼓動を感じながら、私は夫の携帯電話を強く握り締めた。
携帯の電源を入れると、画面にはカレンダーが表示された。
……着信履歴を見るには、どこを押せばいいの?
自分の携帯とは配列の違う画面を見つめ、自然と眉が寄る。
煙草と並んでテーブルへ無造作に置かれているのは何度も見てきた。
けれど、夫の携帯に触れたことは一度もない。
緊張で胸が早鐘を打ち始めた。
真実を知るのが怖くて、今まで触れられなかった携帯……。
「あ……」
遼の性格なら、ロックを掛けてるかも……。
生唾をのみ込み、震える指で恐る恐るボタンを押した。
「……竹田先生」
その名前を目にした瞬間、携帯を握る指からふっと力が抜けた。
最後の着信履歴には、『竹田』の文字。
「竹田先生からの電話……嘘じゃなかったんだ」
肩の力が抜け、そのまま長く息を吐く。
安堵と罪悪感が入り混じる中、私は着信履歴を一つずつ追っていった。
竹田。
河瀬。
鈴木。
兵藤。
表示されるのは、どれも見覚えのある名前ばかり。
同じ病院の医師か、大学時代からの友人だ。
「私が触れないようにロックを掛けてると思ってたけど……意外だったな」
小さく笑い、何気なく発信履歴へ切り替える。
最初に表示されたのは、予想どおり『竹田』。
そのままボタンを押そうとした、その時――
……あれ?
この時間……。
『竹田』の上に表示された発信時刻を見つめ、不自然さに眉をひそめた。
急いで着信履歴へ戻し、今度は竹田先生からの着信時間を確認する。
遼が竹田先生へ電話をしたのは――二十時二十四分。
竹田先生からの着信は――二十時二十九分。
どうして……?
竹田先生からの着信より前に、遼が電話を掛けてるの?
「まさか……」
胸の奥で、不快な鼓動がどくりと脈打つ。
ない。
ない……!
車の中で鳴ったはずの着信履歴が、どこにもない。
あの時、ラジオのDJが二十時を知らせていた。
間違いない。
あの時間、確かに電話は鳴った。
着信がない……?
違う。
着信は、あった。
「……遼が、着信履歴を消したんだ」
そう思った瞬間、全身から血の気が引いていく。
茫然とした私の手から滑り落ちた携帯は、膝に置いていたライターへ当たり、
――ガチッ。
静かな部屋に、乾いた音だけが大きく響いた。
コメント
1件
みぅです🤍🥀 わあ…53話、読み終わりました。 このエピソード、すごく心臓に悪かったです…。 クッションの下から携帯が出てきた瞬間、もう息が止まりそうになりました。 特に、車の中で鳴ったはずの着信が履歴にないって気づくところ…あの“消したんだ”っていう確信に至る流れ、胸がぎゅっとなった。 「竹田先生」って名前が出て一瞬ホッとしたのに、そのあとの着信時間の矛盾で全部崩れる感じ、ほんとにもう…。 遼さんの“わざと見せてる”のか“隠してる”のか、どっちなんだろう。 次が気になって仕方ないです。更新、ゆっくり待ってますね🌙