テラーノベル
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十一月中旬の、冷たい風が吹く夜。
凛と浮かぶ満月は、その光で辺りの雲を銀色に染めていた。
月明かりに照らされながら、私は息を切らして緩やかな坂を駆け上がる。
ざわざわと音を立てて揺れる木々の枝葉を見上げたあと、肺いっぱいに冷たい空気を吸い込み、呼吸を整えた。
落ち着こうと深呼吸をするたび、むしろ早まる胸の鼓動がくすぐったい。
私は温かな灯りが漏れる扉を開けた。
「こんばんは、柳さん。またお邪魔します」
大きな図面を広げて作業をしていた男性へ向かって、満面の笑みで声を掛ける。
突然の声に驚いたのか、柳さんは肩をぴくりと震わせ、瞬きをしながら振り返った。
「やあ、亜紀ちゃん。いらっしゃい。
今日はいつもに増して元気だねぇ」
柳さんは右手に持ったペンをくるりと回しながら、目尻を下げて笑った。
「えっ。いつもに増して元気……ですかね?」
はにかみながら、風で乱れた髪を手ぐしで整える。
「もぉ、幸せいっぱいの顔しちゃって。
オジサン妬いちゃうよ?
……あ、珈琲入れようか?」
「いえ、珈琲はあとで。
柳さん、今泉さんは?」
逸る気持ちを隠せず、声が弾む。
「隆史なら、ただいまシダレモミジと会話中。
本当に亜紀ちゃんは、隆史が大好きなんだねぇ」
柳さんはそう言って、穏やかな笑みを浮かべた。
「はい、大好きです!」
照れながらも素直に答え、高鳴る鼓動に背中を押されるように園庭へ駆け出した。
園庭へ出た私は、スポットライトに浮かび上がる常緑樹のアーチをくぐり、遠くに見える淡いオレンジ色の光に包まれた聖地へ向かって走り続けた。
足元のレンガの上では、夏の役目を終えた落ち葉が風に舞い、流れていく。
時折ブーツへ体当たりしてくる枯れ葉も気にならない。
自分の吐く短い息さえ、甘い熱を帯びているように感じた。
やっと……
やっと今泉さんに会える!
溢れる笑顔。
早鐘を打ち鳴らす胸の鼓動。
オレンジ色の光の中へ飛び込むと同時に、待ちきれずに叫んだ。
「今泉さん!」
ずっと心の中で繰り返してきた彼の名が、唇から弾けるように飛び出した。
そして、その名を呼んだ瞬間――
目の前に広がる光景に、思わず息をのむ。
まるで夜空に炎が燃え広がったかのような、鮮やかな深紅のシダレモミジ。
オレンジ色のスポットライトに照らされた葉は、風に揺れるたび色彩を変え、風とともに淡い歌を奏でていた。
「はぁ……綺麗……」
幻想的な情景に吸い込まれるように見入り、感嘆のため息が零れる。
「亜紀、ここまで上がっておいで」
目を細めてモミジを見上げる私の耳へ、柔らかな彼の声が届いた。
「今泉さん!……どこにいるの?」
「こっちだよ、こっち。上を見て」
「上? 上って……あっ! みーつけた。
……って、そんなところで何してるんですかぁ!?」
私はモミジに囲まれたアーチの上へ視線を巡らせる。
そして、無邪気な笑顔で手を振る彼を見つけると、思わず声を上げて笑った。
彼は前方のモミジの枝の隙間から、私に向かって手招きをした。
どうして、あんな高いところに顔が……?
首を傾げながら小走りで駆け寄る。
すると、木の間には二メートルほどの高さの脚立が二台並べられていた。
「ほら、亜紀も上っておいでよ。
こっちは亜紀のための紅葉狩り特等席だから」
彼は手前の脚立のてっぺんに腰掛け、仲良く並んだ隣の脚立をぽんぽんと叩いた。
「紅葉狩りって……どうして脚立なんですか?」
脚立の上に座るスーツ姿の中年男性。
少年のような無邪気な笑顔を見上げ、思わず吹き出してしまった。
「えっ? 脚立じゃ駄目?
頑丈だから大丈夫。
あっ、色気がないのは許してね」
今泉さんは頑丈さをアピールするように、再び脚立をぱんぱんと叩いて笑顔で頷く。
「もともと色気がない女なので、それは大丈夫です」
「うっ……なんか、今の言葉って嫌み入ってない?」
「え? 別に入ってませんけど?
紅葉狩り特等席、登らせていただきまーす!」
口をへの字に曲げる彼を横目に脚立へ手を掛け、弾むような笑い声を漏らした。
「わっ、思ったより結構高いかも……」
脚立のてっぺんへそっと腰を下ろし、真横へ伸びるモミジの枝を掴む。
「高い?
木登りが大好きだった娘が?
亜紀なら怖くないはず」
今泉さんは私の背中へ、そっと大きな手のひらを添えた。
「うん、実は全然怖くない。
むしろ、不思議な状況にワクワクしてる」
「子どもの頃、お父さんの梯子に登って叱られたのを思い出す?」
「うん、お兄ちゃんと屋根に登って叱られたの思い出す」
「やっぱり。
亜紀はお転婆娘だな」
嬉しそうにモミジの葉へ触れる私を見つめ、今泉さんは目尻に小さな皺を寄せて優しく微笑んだ。
コメント
1件
**はる。** わあ、このエピソードめっちゃ良い…!夜の冷たい空気と月明かり、走る亜紀ちゃんの高鳴る気持ちがまっすぐ伝わってきて、読んでるこっちまでドキドキしたよ。脚立に座る今泉さんのギャップが可愛すぎるし、「大好きです!」ってストレートに言えちゃう亜紀ちゃんが眩しい。シダレモミジの描写も美しくて、幻想的な紅葉の中で二人が並んでる情景が浮かんだ。温かくて優しい余韻がたまらん…柏木さん、素敵な物語をありがとう!
#狂愛
柏木さくら
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#執着
猫とろ
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桃下結衣
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