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「ほら、下から見上げるモミジと、こうして高い位置から見渡すモミジとじゃ、全然景色が違うだろ?
モミジの顔がよく見える」
今泉さんは、私が触れている葉を覗き込みながら柔らかな声で囁いた。
指先に触れるモミジの葉は、葉全体が真っ赤に染まったもの、淡く黄色を残したもの、ところどころ黒く染まり、小さな穴が開いたもの――。
一枚一枚が、それぞれ違う顔を持っている。
「うん。
紅葉狩りって、少し離れた場所から眺めるものだと思ってた。
こんなふうに、一枚一枚の葉をじっくり見たことなかったから……」
燃えるような深紅の葉が織りなすカーテンは、風に揺れるたび表情を変えていく。
その美しさに見入り、温かなため息が零れた。
視界いっぱいに広がるモミジの隙間から、満月の金色の光が静かに私たちを照らしている。
「脚立の上でのデートも悪くないだろ?」
彼は穏やかな笑みを浮かべながら私を見つめた。
「うん、悪くない。
とっても素敵」
頬を撫でる気まぐれな風がくすぐったい。
月明かりに照らされた彼と視線を重ね、私は満面の笑みを返した。
今泉さんの静かな吐息が聞こえる……
今泉さん……
あなたといると、心に穏やかな風がそよぐ。
淡い風に包み込まれるように、こんなにも心が温かい……。
スポットライトの柔らかな灯りと降り注ぐ月の光の中で、彼の黒髪が静かに揺れる。
眩しそうにモミジを眺める彼の横顔を見つめたあと、私はゆっくりと満月を見上げた。
いつもは、どこか儚い寂しさを感じさせる月の光も……
あなたと見上げれば、こんなにも優しく心を満たしてくれる。
矛盾だらけの関係でもいい。
卑怯者だと言われてもいい。
狡い自分だと分かっていても……
この幸せが永遠じゃないと分かっていても……
今は、あなたのそばにいたい……。
「……」
月を見つめたまま、私は彼の長い指へそっと触れた。
彼は何も言わず、その手を優しく握り返し、ふっと微笑む。
「寒くない?」
静かな声が耳に届く。
「寒い。だから……」
私は彼の手をぎゅっと握り返し、はにかんだ笑みを浮かべた。
「だから……なに?」
今泉さんは私の顔を覗き込んだ。
「あの、だから……」
胸の鼓動がますます速くなる。
温めてください――
なんて言ったら笑われるかな。
抱いてください――
そんなこと、恥ずかしくて言えない。
この前は勢いで言えたけど、いつも私から誘うなんて……はしたない女だと思われるかな。
こんな大胆な感情が、自分の中にあるなんて知らなかった。
胸を焦がすほどの想いを素直に口にできなくて、もどかしい。
緊張と不安で、手のひらがじんわりと汗ばむ。
「……柳さんが珈琲を淹れてくれるって。
事務所へ行きましょうか……」
誤魔化すように笑みを浮かべ、視線をモミジの幹へ落とした。
彼は私の横顔を見つめ、静かに微笑む。
そして次の瞬間、軽やかに地面へ飛び降りた。
振り返った彼は両腕を広げ、優しく笑う。
「下りておいで。
恥ずかしがり屋の亜紀ちゃん」
「えっ……あ、はい」
私は遠慮がちに返事をすると、後ろ向きになってゆっくりと脚立を下り始めた。
四段ほど下りた、その時だった。
ふいに腰が浮き、後ろへ引き寄せられる。
落ちる――!?
「きゃっ!……」
小さな悲鳴が喉から零れた次の瞬間。
私は彼の腕の中に抱き留められていた。
「もう! 今泉さんが引っ張ったんですね。
落ちるかと思ったじゃないですか」
私は頬を膨らませ、彼を見上げた。
「だって、俺が両手を広げて待ってるのに、亜紀が一人で下りようとするから」
「両手を広げて待ってるって……まさか、飛び降りろって意味だったの?」
「もちろん。
俺の胸に飛び込んでくる亜紀を受け止めようと思って待ってた」
「えぇっ!? そんなの無理、無理!
私、重いから共倒れですよ」
わざとらしくため息をつく彼を見つめ、私はさらに目を丸くして声を上げた。
「共倒れって……ぷっ」
「なんでそこで笑うんですか。
今泉さんって、本気なのか冗談なのか分からないんだから……」
なんか……
頭、なでなでされてるし……。
大きな手のひらで私の頭を優しく撫でながら、今泉さんはくくっと楽しそうに笑う。
私はそんな彼を見上げ、照れ隠しに口を尖らせた。
彼はもう一度私の顔を見つめ、嬉しそうに目を細める。
「亜紀が素直じゃないから、それくらいの演出があってもいいかと思って」
「素直じゃないから?」
私は彼を見つめ返し、不思議そうに首を傾げた。
「そう、素直じゃない。
柳さんの珈琲は、また今度にしとくよ」
「どうして……?」
私はさらに首を傾げた。
「ん?……今日は本当に冷えるな……」
彼は私の問いには答えず――
「今夜は時間、大丈夫?」
そう囁くと、私を優しく抱き寄せた。
柔らかな声に心を奪われ、胸がとくん、とくんと甘く脈を打つ。
「……はい。大丈夫です」
小さく頷き、彼の胸へ顔を埋めた。
私を抱きしめる長い指が、愛撫を始めるように耳朶から首筋へゆっくりと滑る。
「……あっ……」
思わず吐息が零れた。
「また亜紀からお誘いがあるのかと思って、楽しみにしてたのに……」
耳朶へ触れる彼の唇が、熱い吐息を落とす。
「……えっ」
私はびくりと肩を震わせた。
「さっき、本当は違うことを言いたかったんだろ?
亜紀の欲情が俺の欲情に繋がるって言ったのに……。
恥ずかしがり屋の可愛い亜紀。
もっと俺を誘惑してくれ」
彼は私の頬を優しく撫で、微笑む。
そして、待ち焦がれていた深い口づけを重ねた。
コメント
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柏木さん、第84話、拝読しました。脚立の上でモミジを間近に見るデート、素敵すぎます……!「下から見上げるモミジと、高い位置から見渡すモミジ」で景色が違うって、お二人の関係性の比喩みたいで胸がじんわりしました。亜紀さんの「温めてください」と言いたくて言えないもどかしさ、めちゃくちゃリアルで、今泉さんに全部見透かされてる感じもたまらないですね。最後の「待ち焦がれていた深い口づけ」で、もうこちらまでドキドキが止まりませんでした。次も楽しみにしています🌿