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外へ出た瞬間、夜の空気は冷たさより先に重さを叩きつけてきた。海から上がってくる湿った風に混じって、細い雨が石畳を濡らしている。舞踏会の音楽は、閉じた扉の向こうでまだ遠く鳴っていた。
ジナウタスは階段を駆け下り、裏口を抜け、港へ続く細い路地へ目を走らせた。街灯の下に、見慣れた背中があった。ドレスの裾が雨を吸い、肩が小さく震えている。
「ディアビレ」
呼びかけても、彼女はすぐには振り向かなかった。少し遅れて、泣くのをこらえ損ねたみたいな顔でこちらを見る。
「追ってこなくてよかったのに」
「よくない」
短く返すと、ディアビレはへんな顔で笑った。笑ったまま、目だけが赤い。
「ほら。私、ちゃんと悪役になれたでしょう。舞踏会を壊して、盗んだことにされて、最後は逃げる。台本どおり」
「そんな台本は捨てろ」
「でも、私が黙れば丸く収まる人もいるんです」
「丸く収まってない」
ジナウタスは一歩近づいた。濡れた前髪が彼女の頬に貼りついている。指を伸ばして払いたかったが、今それをすると、言うべきことまでやさしさに紛れそうで、こぶしを握った。
ディアビレは唇の端を引き上げたまま、小さく肩をすくめる。
「私は悪役でいいんです。昔からそうだったし。誰かが泥をかぶれば、その場はきれいに見えるから」
その言い方があまりにも慣れていて、ジナウタスの中で何かがきしんだ。
「よくない」
今度は、はっきりと強い声になった。雨音が一瞬だけ遠のいた気がした。
ディアビレが目を見開く。
「いいわけないだろ。おまえが何人分働いて、何人分黙ってきたと思ってる」
喉の奥で何かがほどけたように、彼女のまつ毛が震えた。泣きそうな顔で、それでも笑おうとする。
「……そういう言い方、ずるい」
「ずるくていい。今は、おまえを一人で帰したくない」
雨の中、二人の間だけが妙に静かだった。ディアビレは何か言い返そうとして、結局できず、うつむいたまま一歩だけこちらへ寄った。
#海辺の町