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薄暗い部屋。カーテンは閉じられ、テレビもついていない。ただ静かに、時間だけが進んでいた。
日下部は机に向かい、スマホをいじっていた。
遥はその背中をベッドの隅から見つめていた。何も言わず、動かず、ただ黙って。
……静かすぎた。
痛みも、命令も、罵声も、視線すらない。
五感が狂っていく。
どこに自分がいるのか、わからなくなりそうだった。
「……なあ」
声が漏れたのは、意識してじゃなかった。
喉がひとりでに動いた。
日下部が振り向く。表情は変わらない。ただ、視線を向けただけだった。
「なんも、しねぇのな。……昨日も、今日も、ずっと」
少し笑うように言ったつもりだった。でも、震えていた。
口元も、声も、指の先まで。
「手ぇ出さないし、命令もしねぇし……おまえ、結局、何がしたいわけ?」
日下部は何も言わなかった。
ただ目を細めて、遥の言葉の続きを待っているようだった。
「……オレが、どうなったって、どうでもいいって顔してるよな。最初っから」
そう言いながら、自分でも訳が分からなかった。
なにを求めているのか。なにを責めたいのか。
「……でもな、こうされると、逆に怖ぇんだよ」
遥は、自分の指を噛んだ。奥歯で。ぎり、と。
「何かされるほうが、まだマシだった。……殴られんのも、バカにされんのも、誰かに見られてんのも、……全部、オレが“ここにいる”ってわかるから」
日下部の視線が少しだけ動いた。だが表情は変わらない。
「ここにいて……なんもされねぇなら、オレ、もう……いらねぇじゃん」
言葉が濁った。喉が勝手に詰まり、息が短くなる。
「オレが誰でも、なんでもよくて……ただ“置いてる”だけなら──それ、飼い殺しっていうんだろ」
静寂が落ちた。
日下部は立ち上がると、ゆっくりと近づいてきた。
遥は顔をそむけることもできず、そのまま見上げた。
「オレ、なんでここにいんだよ……?」
呟きは、声というより息だった。
「助けてもらうためにきたわけじゃねぇ。……けど、見捨てられてんのも、わかってる」
唇が震えた。声にならない音が喉の奥で泡立っていた。
「それでも、“なんか”してくれなきゃ……オレ、もう、わかんねぇよ」
日下部の表情は変わらなかった。
けれど、遥の目の前で立ち尽くす彼の輪郭が、なぜか遠く見えた。
「何もされないってことが……こんなに、痛ぇとは思わなかった……」
遥の肩が、ベッドの端でかすかに揺れた。
震えなのか、感情なのか、それすら自分ではわからなかった。
その夜、日下部は何も言わず、何もせず、ただ静かに遥の隣に座った。
沈黙のまま、時計の針だけが、規則正しく進んでいた。