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学パロの見本的な感じです
一次創作
どこかの家の夕飯の香りがする夕方のこと。子供達は「バイバイ」「またね」と各々の帰り道を辿る姿が見える。初冬の風が冷たく、耳や鼻がじんじんしているから真っ赤になっているのではないだろうか。
裏路地はビルによって長く伸びた影が少し肌寒い、でもここはばあちゃん家への近道、2分は短縮できる。正直ありえないくらい寒いから早く帰りたくて、そこを通ろうと足を踏み入れる。少し歩くと、影を作るビルの上に人がいるのが見えた。最初は「会社の人が景色でも眺めてるのかな」なんて思ったが、そんな考えはすぐに覆される、あの会社はとっくに倒産していて、テナント募集という張り紙があったはず。それによく見ると転落防止の柵をまたごうとしているではないか。その瞬間に脳裏をよぎった自殺という単語、とにかく止めなければと思った時にはビルの元へと勝手に体が動いていた。
「えっ、ちょ、階段どこだ、どうしよ」
「ね、ねえ!まって!!」
階段を探しながらとりあえず大声で叫んでみる。とにかく少しでも動きを止めてほしい。声は届いたようで、人影は動きを止めてくれた。だが、その後に続く言葉が浮かばない。
「俺さ!コロッケいっぱい買っちゃったんだよね!それがもう食いきれないくらい!よかったら食べてもらえないかな!」
どこかの映画で見た引き止め方を真似してみる。現実とフィクションは違うから、うまく行くかわからないけど。
「うん」
人影の頷く動作と共に聞こえる微かな声、でも静かな裏路地にはそれで十分だった。
息を切らしながらも一気に階段を駆け上がる、彼の気が変わる前に早くこれを届けなければ。やっとのことで屋上に辿り着くと、彼は屋上に設置されていたベンチに腰掛け、燃えるように赤く染まる空を見つめていた。木製のベンチは設置されて長く経つのか、随分と見た目が古めかしい。
「ごめ…おれ体力なくて…」
俺が着いていたことに気づいていなかったようで、リアクションが大きすぎるんじゃないかと思うほどびっくりした様子でこちらを向いた。下から見た時は細っこくて髪が少し長いから女性かと思っていたが、喉元を見るあたり男の子のようだった、しかも俺よりも年下そうな。「美人だな」そう思った途端、心臓が早鐘を打つ感覚がしたがきっと階段を駆け上ったせいだろうと気にしないことにした。
「ちょ、まって…結構キツいから一回息整えさせて…」
「いえ…むしろごめんなさい…俺なんかのために」
幽霊みたいだなと思うほどに生気も覇気もなくて、この人は相当参ってるんだろうなと思った。まあそうじゃなければ飛び降りるようとするわけないんだけど。
呼吸を落ち着けながら彼の隣に座り込む、古い木の軋む音がした。
「はい、これ」
コロッケを差し出すと、彼は戸惑いながら受け取った。
「これ本当にもらっていいんですか…?」
「うん!家に着くまでに食いきれそうにないからさ、それにうちのばあちゃん怒るとめっちゃ怖いんだよなー、これ食いながら話そうよ」
話しながら自分のコロッケを取り出して男の子の方へ顔を向けると、彼は目元に涙を溜めながら控えめに頷いた。
話を聞いて分かったことは以上のことだった。名前は蒼倉遥で母子家庭、ここら辺に住んでるけど、じいちゃんの認知症が酷くて母さんがじいちゃんちにほぼ泊まり込みだから実質一人暮らしなこと、学校などで周りについていけず不登校気味なこと。そして、精神的に耐えられなくなって自殺を図ったこと。
「飛び降りるのを止めてくれただけじゃなくて、知らないやつのこんな話まで聞いてくれて…あなたは優しいんですね」
次から次へと溢れる涙で濡れた頬は、沈んでゆく陽に照らされて輝いている。どこか儚くて綺麗な横顔に視線が吸い込まれるような錯覚に陥る。コロッケの香りが微かにして我に帰り、遥の手元を見ると一口だけ齧られたコロッケを持つ手が震えていた。ただ話を少し聞いて、震える手を見ただけだと言うのに遥がどれほど辛かったか少しでも理解できた気がした。それと共に、俺よりも年下であろう子がこんなに辛い思いをしているのに対し、自分はそんな人がいることも露知らず幸せに過ごしていることを実感して、言いようのない複雑な気持ちになった。
そうやって気持ちの整理をしながらほとんど深い青に包まれた空を見つめていると、視界の端で遥が立ち上がるのが見えて、自然と目は遥の方へ向いた。立ち上がった遥を見上げていると、遥はおもむろに口を開く。
「美味しいコロッケもくれて話も聞いてくれて、ありがとうございました。何もお礼できなくて申し訳ないです…」
「自分が勝手にしたことなんだしお礼なんていいんだよ!むしろその気持ちが嬉しいよ」
「ありがとうございます。暗くなってきたし俺帰りますね。ここら辺は街灯も少ないので、あなたも帰る時はお気をつけて」
そう言って去ろうとする後ろ姿を見て、なんとなくこの子はまた同じことをするような気がした。ただの直感でしかないけれど。別に彼にそんなつもりがなかったら、適当に理由をつければいい。
「まって!」
立ちあがろうとする遥を抱きしめるような形で引き止める。自分でももっと引き止め方があっただろと思う、かなり力ずくな気がする。
「お、俺のために生きてくれないかな!」
「え」
結構ガチ目の困惑した声が聞こえた、その証拠に声がワントーン低い。でも引き止め方なんて知らないし、かといってこんな憔悴しきってる奴に希望を持てという方が酷な話だ。いや、初対面の名前すら知らない奴のために生きろというのもかなり酷だが。でもそれ以上に、また会えるかどうかは別として、面食いからすればこの綺麗な顔を拝めなくなるのは勘弁してほしかった。
「俺、遥みたいないい奴が苦しまなくて、生きるの楽しいって思ってほしい!初対面で俺のために生きてとかまじキモイと思うかもしんないし、正直遥からしたら生きるってこと自体もう希望もクソもないかもしんないけど、それでも俺は遥のために何かしたいから、遥もよかったらそのために生きてくんないかな!」
「…だめ?」
自分でも何を言っているかわからなかった、かなり早口だったから噛んでいたかもしれない。でもとにかく生きて欲しくて、思ってることをまとめずに全部口にした。
元より暗くなってきてはいた空が深海のように深い青に包まれてゆく。コロッケを食べたことで温まっていた体は、今では抱きついている温もりしかなくて少し寒い。遠巻きにどこからか男性の「ただいま」という帰宅を知らせる声が微かに聞こえて、それに続いて元気な子供と落ち着いた女性の「おかえり」という声が聞こえた。
その間はくはくと魚のように口を動かしていた遥は、空が完全に暗くなった頃その口からやっと音を発した。
「な、まえ…教えてほしいです」
「ごっ、ごめんなさい、緊張すると俺、うまく声出せなくて」
思わぬ返答。正直もう喋りかけるなと言われる気がするくらいに自信がなくて、この後はどうしようかと頭を必死に回転させていたところだった。
「ごめんなさい、だ、だめですか…?」
「…あっ、いや全然!全然だめなんかじゃない!むしろめっちゃ聞いて!」
「めっちゃって…一回聞いたら覚えますよ、ふふっ」
鈴の転がるような、という言葉はこういう時に使うのかと思った。男にもこんな綺麗なやつがいるのかと驚愕しそうなほど、思わず見惚れてしまうような綺麗な笑顔。ああ、これが一目惚れなのかと理解した、だから俺はこんなに遥に生きて欲しいんだ。
立ち上がり、遥の目を見る。告白するわけでもないのに胸はこれでもかと言うほどバクバクしている。吹き抜けていく夜の冷たい風が今は少し涼しい。
「俺の名前は白石優斗。優斗でもゆうちゃんでも、好きなように呼んでくれ!」
「…はい!」
遥はどこか吹っ切れたような、最初の生気のない顔と比べ元気そうな顔をしていた。
鼻先が凍えそうな初冬の夜。2人の手元のコロッケは冷め切っている。帰り道は違くても、同じ空を見て、感じていることを思うと自然と笑みが溢れた。