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当たり前
ただいま、と声を上げながら靴を脱ぐ。階段を上がり自室を目指す。部屋に入り、荷物を置き、スマホのみを手にしてリビングに向かう。階段を降り、廊下を歩きリビングに繋がるドアを開ける。台所で夕飯の支度をする母。ソファの前の床で、色とりどりのクレヨンを散らかしながら絵を描く弟。窓の外の幽霊。そう、私にはちょっと霊感がある。あこがれる人もいるかもしれないが、あまりいいものでは無い。いつも霊感、なければよかったのにな、と思う。まぁ、そこも含めて私の当たり前だ。ソファに座ろうと足を動かす。すると、なにか硬いものを踏んだ。痛くは無い。なにかと思い、床を見てみると、それは弟のクレヨンだった。床が1部赤く染っていた。まさかと思い、自分の靴下を確認すると、床と同様赤く染っていた帰ってきて早々これだ。きっと弟は私を怒らせる才能がある。
「ちゃんとかたしてよ」
そう言いながら弟に目を向ける。返事はない。消しゴムで赤く染った床を擦る。なかなか落ちてくれない。何とか床を元の色に戻す。少し赤みを帯びている気がした。だが気にならない程度だったので、まぁいいだろうと思い消しゴムをかたす。やっとソファに座ることに成功した。ネットでニュース記事を読む。ずっと前に起きた殺人事件はまだ解決してないようだ。その話を弟にする。弟は理解したような顔をした。なぜか今日はしゃべらない。少ししてからふと弟に目を向ける。いつの間にか、ぐちゃぐちゃに描き殴られた画用紙とクレヨンは利用者を失っていた。結局なにもかたさずに部屋に戻ったのだ。違和感を覚える。すぐに違和感の正体に気付いた。この部屋は異様に静かなのだ。聞こえる音は窓から入り込む風の音だけだ。足音ひとつ聞こえない。おかしい、そう思った。料理の音も聞こえてこない。振り返るとそこには誰もいなかった。時計を見ると、普段ならとっくに父が帰ってきている時間だ。窓から駐車場を覗くもそこには何も無かった。今日は色々変だ。何の報告もなくいなくなった母。いつも寝る時以外リビングにいるのに今は部屋にいる弟。時間になっても帰ってこない父。台所にある赤い液体の付着した包丁。あ、忘れてた。そうだ、そうだった。この家が静かなのは当たり前じゃないか。この部屋に誰もいないのは当たり前じゃないか。なぜ忘れていたのだろう。自分がとても滑稽に思えて、無意識的に口角が上がり、声が漏れる。床が赤いのも、弟がしゃべらないのも当たり前じゃないか。実に滑稽だ。笑えてくる。なぜ忘れていたのだろうか。我ながら不思議に思う。私はこの家の住人ではないじゃないか。というかそもそもこの家にはもう住人なんていないじゃないか。当たり前だろう。もう何年も前に私が殺したのだから。こんなことが起きるのも全てこの霊感のせいだ。心から思うよ、霊感なんてなければよかったのに。