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その日の仕事を終え、詩帆は暗い気持ちで裏口から外へ出る。
加藤の態度は酷いものではあったが、勘違いをさせた自分にも責任はある。
やはり好きでもない男性と気軽に食事など行くべきではなかったと、詩帆は後悔していた。
沈んだ気持ちのまま自転車に鍵を差し込み、詩帆は道路まで自転車を押して行く。
その時突然暗がりから自転車を押した男性が出て来た。
見るとそれは涼平だった。
「さっきの男がまだいたら危ないから送るよ」
涼平は少し心配そうな表情で言った。
いきなりでびっくりしていた詩帆は、慌てて言う。
「いえ、もう大丈夫だと思いますから。本当にすみません、ご迷惑をおかけして…」
「君の家は近くなんだろう? だったら途中まで」
涼平はそう言って詩帆に先に行くように促した。
帰る様子のない涼平を見た詩帆は、諦めて途中まで一緒に行ってもらう事にした。
本当のところ、詩帆はもし加藤が途中で待ち伏せしていたらと少し怖かったのだ。
二人は自転車を押しながら歩道を並んで歩き始めた。
歩きながら、詩帆は加藤についてを話し始める。
「私が悪いんです。その気もないのに、食事に二回も連れて行ってもらって」
「いや、食事に行ったからあんな事をしていいって訳でもないでしょ」
涼平は詩帆に言う。
すると詩帆は重い口調で言った。
「実は彼、既婚者だったんです。食事に行った後でわかったのですが…」
涼平は驚いている様子だった。
「独身だと嘘をついて誘った訳か。最低だな」
そう言ってから、ハッとして慌てて付け加えた。
「いや……ビンタされた俺が言っても説得力に欠けるよね」
涼平が笑ったので、思わず詩帆も笑ってしまった。
「あの時、思いっきり力が入っていましたよね」
「夜もずっとジンジン痛かったよ」
涼平の情けない声を聞いて、再び詩帆が笑う。
そこで涼平が自己紹介を始めた。
「俺、夏樹涼平といいます。夏樹の『き』は樹木じゅもくの『樹』ね。で、『りょうへい』は『涼しい』に『たいら』。
波乗りなのに『平』なんだよなぁ…平らじゃ波に乗れないよねー」
それを聞いた詩帆は思わず笑う。
そこで詩帆も自己紹介をした。
「江藤詩帆です。『えとう』は江の島の『江』に、藤の花の『藤』で、『しほ』は詩人の『詩』に船の帆船の『帆』です」
そこで二人は初めてお互いの名前を知った。
自己紹介が終わった時、詩帆のアパートが見えて来た。
詩帆はホッとした様子で言った。
「うちはすぐそこのアパートなのでもう大丈夫です。本当にありがとうございました」
「うちもここから2~3分くらいなので近いね。まぁ、ご近所同士の助け合いという事で、また何かあったらいつでも言って下
さい」
涼平はそう言ってから「じゃあねまた!」と右手を挙げると、自転車に跨り今来た道を引き返して行った。
詩帆は涼平の姿が見えなくなるまで見送ってから、部屋へ入った。
玄関に入った途端、涙が溢れてくる。
今思い出すと、先ほどの出来事は恐怖でしかなかった。
涼平がもし来てくれなかったらと思うと、想像するだけでも怖くなる。
そしてそれは全部自らが招いた事だ。
もうあんな愚かな事は二度としない……その時詩帆は心に固く誓った。
その頃涼平は、マンションへ到着し駐輪場に自転車を停めていた。
カフェでの出来事は、涼平にとっても衝撃的だった。
一歩間違えば事件性のあるものだ。
あの時、なんとも言えない嫌な予感がしたから男の後を追ってみたが、
追って正解だったと心から思う。
そしてその時ふと思った。
なんで自分はこんなに詩帆の事が気になるのだろうか?
たまたま何度か会っただけの、行きつけのカフェ店員なのに…
涼平はエレベーターのボタンを押しながら、そんな事をぼんやりと考えていた。
コメント
3件
既婚者なのに独身と嘘をついて騙したのだから、彼に会うことや お付き合いを断った詩帆ちゃんには 何の罪も無い。 本当は警察に通報しても良いと思う....🤔 困った時はお店や 涼平さんに助けを求めてね❗️ 危険だから、絶対に一人で解決しようとしちゃ駄目だよ😔 新たな恋の予感⁉️🍀 あの時、本気で詩帆ちゃんを守ろうとした涼平さん.... 只心配しているだけではなく 彼女のことが気になりはじめている❓️💓
涼平さん、それは詩帆ちゃんに惹かれてるんですよ〜💓 6年ぶり⁉️で恋の序盤でまだピンと来てないのかな🤭⁉️
独身と嘘をついて食事に誘ってその後の誘いに断りを入れるのは何ら不思議ではないし、詩帆ちゃんが正しいから自分を責めないで、お願いだよ🥺涼平さんも同じ気持ちだよ👍 そして困った時は自分1人で抱え込まずに誰かに相談してね。詩帆ちゃんが困ってたら助けてくれるよ🥺