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客室に運んでもらった昼ご飯をフォークでつつきながら、レイナードは進まぬ食事を前にため息を吐いた。これを食べ終わると勝負事が始まってしまうのだと思うと、空腹がどこかへと消えていく気がする。
『食べないのか?』
ニコニコ顔で首を傾げてアルが問いかける。先程までカイルと一対一で沢山話してきたおかげか、とっても機嫌が良い。たいした内容ではなかったらしいが、長年待ち望んだ時間だったので中身などどうでもよかったみたいだ。
「きちんと食べてはおきたいんだが、これが終わったら『アレ』だろう?どんな手を使うのか見当もつかないが、もう既に待機しているんじゃないかと思うと、気が滅入る」
『あぁ、一人待機しておるぞ。部屋のドアの前でな。さっき戻る時に会った』
(なんてこった……)
レイナードはフォークを皿に置き、頭を抱えた。
「——レイナード様、入ってもいいかしら?」
イレイラの声と同時に、ドアのノックする音がする。一瞬、応える事にレイナードは躊躇したが、諦めて「どうぞ」と言った。
「お邪魔するわね」
遠慮がちに扉を開けてイレイラが客室へと入って行く。先程の話し合いでは興奮気味だった彼女はすっかり落ち着き、すまなそうな表情をレイナードに向けた。
「お食事中にごめんなさいね。最初の勝負が決まったのよ。面倒でもお付き合い願えるかしら」
『結果は見えておるだろうに、馬鹿馬鹿しいのう』
まったくもってその通りで、レイナードは渋い顔をした。
「貴方の気持ちはわかってる、わかっているわ。でもね、ちょっとでも彼に付き合わないと帰らないと思って」
『まぁ確かに。そんな奴っぽかったのう』
「仕事だと思って欲しいの。ロシェルの護衛よ。神子は機嫌を悪くすると、何をしでかすかわからないから」
体験談なのか、とても重たい表情と言葉だった。
「仕事ですね、了解です」
そう割り切れば少し気が楽になった。今までも戦時下で理不尽な命令を何度も経験している。その一つだと思えば良いだけだ。内容が……かなりくだらないのが難点だが。
「ありがとう。ロシェルもね、とってもやる気なの。結婚相手をゼロから探さないと行き遅れてしまうから必死なのかしら。それとも、相手が貴方だからかしらね?」
チラッとレイナードの顔色を伺いながら、イレイラが言った。
「それは……どういう意味で?」
「断ったのよ、求婚者達からきていたお話を全て。だからね、ロシェルは好きに結婚相手を探せるの」
「そうなんですか」
読み難い微妙な表情をされてしまい、イレイラが困った。ロシェルの勝算が上がればと思った発言だったのだが、失敗だったかしらと少し不安になる。
「良かったですね」
素っ気ない言葉しか出なかったが、内心どういう意図でその話をしているんだ?とレイナードは焦っていた。
(つまり……ロシェルは、本気で自分の気を引く気なのか?いやまさか、そんなはずは無い)
色々な考えが、浮かんでは消える。
(嫁は欲しい。欲しいが……追い返す口実を作る為にしているだけだ!)
勘違いはしまいと必死に言い聞かせるが、だが彼はそんな素振りを一切表に出さないので、イレイラは全く気が付けなかった。
「あ、あのね、レイナード。食事が済んだら一緒に来て欲しいの。此処じゃない場所で二人は待機しているのよ」
「わかりました、もう行きましょうか」
「あらいいの?まだ結構お料理が残っているけど」
チラッと食事に目をやると、イレイラの瞳が気まずげに揺れた。
「えぇ、あまり食欲が無いので」
「じゃあコレが終わったらまたゆっくり食べるといいわ。一段落したら、少しはお腹も減るんじゃないかしら」
苦笑いするイレイラに対し、レイナードが頷く。
「そうですね、そうさせてもらいましょう」
椅子から立ち上がり、レイナードはイレイラと一緒に、ロシェル達の待つ場所に向かうこととなった。
二人が廊下を歩きながら、レイナードはイレイラに、気になっていた点を今のうちに訊いてみることにした。
「ところで、『惚れさせる』とかいうお題でしたが、いったい何をするつもりで?」
「最初はね、手っ取り早く魅了系の魔法を使う気だったのよ、あの卑怯者は。それであの自信だった訳。話していてすぐにわかったから、それらの不安要素は全て潰しておいたわ。……約束を守る保証などどこにも無いから安心は出来ないけど。それでね、それらの行為が通用しないよう、念の為魔法具を用意したの。早速コレを身に付けていてくれる?」
そう言い、イレイラは立ち止まると、ワンピースのポケットからネックレスを取り出してレイナードへと渡した。それを受け取って首にかける。青い雫型のペンダントトップがプラチナのチェーンにぶら下がり、とても綺麗だ。
「ありがとうございます」
レイナードがイレイラへ頭を下げる。イレイラは彼の胸元に手を伸ばすと、ネックレスに触れて魔法をかけた。
「これで私じゃないとこのネックレスは外せないわ。念の為の用心よ。もしそれでも無理に壊そうとしたら、対抗策として『貴方の望む状況』に変化する様にしておくわね」
「重ね重ねありがとうございます」
「いいのよ。くだらないやり取りに巻き込むんですからね」
そう話し、再び廊下を二人が歩き始める。
「それにしても、惚れさせるなんて無茶苦茶よね。魅力系の魔法を使わなくてもどうにかなると思っている辺り、神官達が彼の我儘を許しまくった結果だと考えると……ホント殴ってやりたくなるわ。無駄に自信家でイヤになる」
肩を竦めてみせるイレイラに、レイナードが「困った方ですね」と同意した。
「いずれ飽きるか、諦めるかすると思うからそれまでの辛抱ね」
「そうですね、まぁしばらくはお付き合いしますよ」
「ありがとう。……あのね、レイナード」
「なんですか?」
「私、貴方なら本気で娘を預けられると思っているの。だからね、うちの子の事をちょっとは真面目に考えておいてくれないかしら。……お願い」
眉を下げ、イレイラが軽く首を傾げる。子供っぽい仕草が妙に似合い、とてもじゃないが子持ちの母には見えない。
そんなイレイラの言葉を聞き、「……えっと」とレイナードが声を詰まらせる。とてもじゃないがロシェル本人の了承も無く答えられる内容では無かった。
「いいのよ、何も答えなくて。でも考えてはあげてね。あの子をずっと独りにしたくはないのよ」
「さて——」と言いってイレイラが立ち止まった。大きな扉を前にし、「此処よ」と話しながら扉を押し開けて中へと入って行く。
『大浴場での待機など、イヤな予感しかしないのう』
レイナードの肩の上で、先程までダンマリをきめていたアルが、彼の心を見透かしたかのようにボソッと呟いた。