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#海辺の町
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翌朝、離れに集まった皆へ、遼征は図面の話を共有した。港から持ってきた簡易模型まで机に置かれると、義海は「朝から急に本格的」と目を丸くする。
「中が残ってるなら、見に行けばいいじゃん」
蓮都が言う。
「簡単に言うな」
枝央理がすぐ返した。
「崩れかけた構造物の中に入るんだよ。短時間でも危ないものは危ない」
枝央理は安全面の話になると、誰より早く現実へ引き戻す。今日も模型の足場部分を指しながら、風向き、転倒、引き波の可能性を一つずつ並べた。
「見たい気持ちで判断しない」
「でも、残ってるかもしれないんだろ」
啓介が言う。
「だから条件を満たすなら、って話」
遼征が間に入る。
「俺だって無茶を通したいわけじゃない。安全に線を引いて、その内側だけでやる」
話し合いは簡単にはまとまらなかった。見たい側と、止める側。どちらも間違っていないからこそ、線が引きにくい。
その時、海花が赤いリボンを見つめたまま小さく言った。
「これ、結び方が変」
皆の視線がそちらへ集まる。
木箱から出た赤いリボンは、何度も見てきた。褪せた色、細い布、きれいに残った結び目。けれど“変”という言い方をしたのは海花が初めてだった。
「変って?」
芽生が聞く。
「普通の蝶結びじゃない」
海花は指先だけで形をなぞる。
「端を一回ひねってから返してる。子どもの髪をほどけにくくする結び方みたい」
鼓夏が身を乗り出した。
「昔、見たことあるかも」
「どこで」
啓介が聞く。
「町の年配の人で、ごくたまにやる人がいた気がする。今はあまり見ないけど」
鼓夏は首をかしげる。
「古いやり方なのかな」
遼征もリボンをのぞき込む。
「港の結びとは違う。でも、この町のどこかの手つきだな」
啓介は、そこで急に距離が縮まった気がした。海の底から上がったものではあるけれど、その結び目は、遠いどこかではなく、この町の誰かの手で結ばれた形をしている。
誰かが、ここで。
子どもの髪か、持ち物か、帰る印か何かに。
芽生が静かに言う。
「結び方から辿れるかもしれません」
皆が黙る。
赤いリボンの結び目が、町で今もかすかに残る、古い手つきの形をしている。
その事実だけで、見えない持ち主が急に近くなった気がした。