健吾は毎朝あのカフェに通っているのに、今まで一度も理紗子に会った事がない。
カフェの朝の常連客は大体いつも決まったメンバーが多いのだが、
健吾は今まで一度も理紗子を見かけなかった。
その理由が今わかった。
それは彼女が引っ越して来てまだ間もないからなのだ。
という事は、これからはあのカフェが彼女の行きつけの店になるのだろうか?
健吾は気になり、更にスクロールして過去の投稿を一つ一つ見ていった。
つぶやきは小説に関する事が主だが、次に多いのはカフェでの投稿だった。
カフェでのつぶやきはほとんど『cafe over the moon』の店内からだった。
季節限定のドリンクや新作スイーツに関するつぶやき
スタッフがカップに描いた絵や文字の紹介
ホットドリンクのラテアートの写真
そしてスタッフの笑顔や接客を褒めるような内容
それらは全て健吾のカフェに対する好意的なものばかりだった。
そして理紗子の投稿には他のカフェの投稿は一切ない。
つまり理紗子が行くカフェは『cafe over the moon』のみで、
心底『cafe over the moon』のファンらしい。
思わず嬉しくて健吾の顔がニヤける。
さらにつぶやきを遡っていくと、
去年理紗子の小説が映画化された時の写真が何枚か載っていた。
その写真は、理紗子が初日の舞台挨拶に出た時のものだった。
舞台上での理紗子は、ベージュのスカートに黒のセーターを着ている。
健吾が初めて彼女を見た時の服装とよく似ていた。
あの日は真夏だったので半袖の黒のサマーセーターだったが、
この舞台挨拶の時は長袖のセーターだった。
しかしVネックのデザインはあの時と同じだ。
その写真を見た健吾の頭には、あの日の理紗子の姿が蘇ってくる。
今にも消え入りそうなほど儚げな様子で、彼女は泣いていた。
その情景を思い出すだけで、健吾の胸はギュッと痛んだ。
(まさか再会できるとは…)
その時健吾は運命の不思議を感じていた。
それから30分後、奥から美和が出て来た。
健吾がスマホから視線を上げると、美和の後ろから着替えを済ませた理紗子が恥ずかしそうについて来る。
理紗子は上品なコーラルオレンジのノースリーブの麻のニットに、
黒地に小花柄のシフォンのスカートを履いていた。
ニットの首回りはクルーネックなので、肩を露出していても上品に見える。
膝丈のスカートは、その柔らかなラインが歩く度に揺れとてもエレガントだ。
美和が選んだ服は、理紗子にとても良く似合っていた。
あまりにも美しく変身した理紗子につい見とれていると、美和が茶化した。
「いやだわ健ちゃんったら、あまりにも綺麗なんで見とれちゃってる!」
美和が声を出して笑ったので、健吾は口に手を当てて咳ばらいをした。
「どう? 彼女の良さを思いっ切り引き出せたでしょう?」
「さすがだな。やっぱりここに連れて来て良かったよ」
健吾はそう言うと、財布からカードを取り出して美和に渡した。
「お買い上げありがとうございまーす!」
美和は上機嫌で言うと、カードを女性スタッフに渡した。
「でもねぇ、靴はさすがにうちには置いてないのよ。申し訳ないけれど二軒隣のお店に行ってちょうだい」
健吾が理沙子の足元を見ると、白のスニーカーのままだった。
「了解!」
その時ずっと戸惑ったままの理紗子がついに口を開く。
「あの…こんな高価な服を買っていただく理由がないのですが。それに靴もだなんて、私受け取れません」
理紗子の言葉を聞いた美和はびっくりした様子だった。
それから理紗子に言った。
「理紗子さん心配はいらないわ。この人ね、お金は有り余るほど持っているんだから。なのに最近は全然お金を使わなくなっち
ゃってね! 昔はあれだけとっかえひっかえ女性達を連れて来たのに、ここ最近はぱったり。だから使ってあげた方が彼の為で
もあるのよ」
「美和さん、一言余計!」
健吾がけん制するように美和に言うと、
「あら、だって本当の事じゃない!」
美和はそう言ってケラケラと笑った。
「でも私、今日初めて彼にお会いしたんですよ」
「あら、じゃあ理紗子さんは彼の事を知らないのね。だったら受け取れないっていう気持ちもわかるわ。健ちゃんはね、
投資界の貴公子とあだ名がついているほど有名な投資家なのよ。だからうちの店で服を買ったくらいではびくともしないの」
それを聞いて理紗子は驚いた顔をした。
投資を仕事にしているという事は、いわゆる個人投資家という種類の人なのだろうか?
その瞬間、理紗子の頭には以前テレビの特集で見た投資達のパーティーの様子が浮かんできた。
彼らは一瞬にして何十億も財を成したいわゆるファイヤーという類の若者達で、
バブル時代を彷彿とさせるような派手な生活を送っている。
(この人も? そういう種類の人なの?)
理紗子はチラリと健吾を盗み見る。
そして『投資』に関するある事を思い出していた。
昔の恋人弘人も、当時流行り始めたなんとかコインに手を出していた。
やり始めた当初は多少利益が出たようだが、その後派手に損失を被った。
それでも一度いい思いをした為か、そこでやめられずにどんどん深みにはまっていく。
失った分も取り戻してやると意気込んで、結局はまた損失を被ってしまった。
その繰り返しばかりだ。
その後は株にも手を出し、理紗子と別れる頃にはボーナスのほとんどを株につぎ込んでいた。
それだけでは飽き足らず、有名投資家の有料セミナーにもよく参加していた。
「いつか自分も個人投資家になって会社を辞めてやる」
というのが弘人の口癖だったが、おそらく無理だろうと当時の理紗子は思っていた。
そして今弘人がどうなっているのかは知らない。
弘人の場合、儲かると機嫌が良く、損失を被ると手が付けられない程機嫌が悪くなる。
そう思うとやっぱり別れて正解だったのかもしれない。
堅実派の理紗子には、弘人の金の使い方が全く理解できなかった。
きっとあのまま付き合っていてもお金に対する価値観の違いで、結局は破綻していただろう。
コメント
2件
理沙ちゃんに興味津々の健吾とどうしても理由なしでは甘えれない理沙ちゃん😊この2人の今後の交わりがとても楽しみです😊👍💕
同じ投資をするにも見極めができるできないで人間性やその人の人生にに大きな差が出すはず。堅実な理沙ちゃんには元彼は無理だったね😅