翌朝、美月はすっきりと目覚めた。
父が亡くなって以降、ずっと眠りの浅い日が続いていた。
しかし昨夜は久しぶりにぐっすり眠れた気がする。
ベッドの上で「うーん」と気持ちよく伸びをした美月は、昨夜の出来事をハッと思い出す。
そして急に恥ずかしくなりもう一度布団の中に潜った。
その時携帯が鳴った。
電話は亜矢子からだった。
「美月おはよう、朝早くにごめんね。出勤前の忙しい時間なのはわかっているけれど気になっちゃってさー」
亜矢子は待ちきれないといった様子で週刊誌の事を美月に聞いた。
そこで美月は、あの記事は全てでっち上げだと海斗から聞いた事「だけ」を話した。
間違っても公園で抱き締められたなんて事は言わない。
「えーっ? いつ聞いたの? 直接ー? なになにー? 二人はどうなっているのー?」
亜矢子は朝から興奮して大声を上げる。
「また今度ゆっくり話すからさ。もうね、本当に時間がないのよ…ごめんね」
美月はそう言って電話を切ると、慌てて出かける準備を始めた。
外に出ると天気は快晴だ。
雲一つない青空が広がり、爽やかな風が頬をくすぐる。
思えば昨日は気分がどん底だったのに、今日は信じられないほど心が軽やかだ。
昨夜海斗と話した事で、今まで抑圧されていた感情が一気に噴き出したような気がする。
そして海斗に抱き締められながら思い切り泣いたお陰で、それらを浄化出来た気がしていた。
その結果、新しい自分に生まれ変わったような…そんな気がしていた。
美月は一度立ち止まって大きく深呼吸をすると、地下鉄の階段を軽快に降りて行った。
その頃海斗は事務所の会議室にいた。
会議室では、来週横浜で行われるイベントの打ち合わせが行われていた。
久しぶりに観客の前で生演奏をするのでメンバーも楽しみにしている。
室内には海斗とメンバー3名、マネージャーの高村、それにイベントの関係者が数名いた。
話し合いの結果、当日演奏する三曲はスムーズに決まった。
会議が終わるとその足で海斗はメンバーと共にスタジオへ移動する。
そして早速音合わせを始めた。
四人揃っての練習は三週間ぶりだったので、メンバーもやる気満々だ。
スタジオではいつも海斗がリーダーシップをとり、あれこれと指示を出す。
自分で作った曲をイメージ通りに仕上げ完璧な形にして観客に届けたい。
その為にはリハーサルは欠かせない。
海斗はこの日、いつもよりも熱心に取り組んだ。
休憩に入った時、ドラムの吉田が言った。
「おい海斗、今日は気合が入っているな!」
吉田は中学校の同級生でメンバーの中では一番付き合いが長い。
「ライブは久しぶりだからなー」
「それはそうと新曲作りの方は順調?」
今度は高校の同級生でギターの中島がペットボトルの水を飲みながら言った。
「まあ、ぼちぼち。明日何曲か持ってくるよ」
海斗がそう答えると、ベースの山崎が言った。
山崎も高校の同級生だ。
「月がテーマだと難しいだろう?」
そこで吉田が口を挟む。
「『月』も海斗の手にかかれば、メロメロのロマンティック路線ですごいのが出来るだろう?」
吉田の言葉に山崎が茶化すように言った。
「秋の夜長に観客全員ノックアウトだな!」
メンバーが好き勝手に話しているのを聞き、海斗はムキになって言った。
「おーっ、メロメロにするすごいやつを作ってやるからなー」
途端にスタジオ内に笑い声が響く。
そんな楽しい雰囲気のまま、リハーサルは夜まで続いた。
その日、夕方で仕事を終えた美月は、帰りに寄り道をしていた。
行き先はCDショップだ。
音楽を購入する時、美月はいつもネットからのダウンロードで済ませていたが、
今日は店へ行きたいと思っていた。
その理由は、海斗のCDを見てみようと思ったからだ。
店に来るのは久しぶりだったので、しばらくウロウロと店内を彷徨う。
「この辺りかな?」と思った瞬間、突然視界に海斗の写真が現れた。
(すごい…特集コーナーがある……)
そこには海斗のバンドの初期のCDから最新のCDまでがずらりと並んでいた。
一番上の棚には『オススメコーナー』まである。
その様子からは、海斗の音楽が昔からのファンだけでなく、最近では若い世代にも好まれているという事がわかった。
しかしあまりにも種類がいっぱいあり過ぎて美月は悩む。
(どれにしよう……)
その時ふと一枚のCDが目についた。
そのCDには、
『映画「あの夏の出逢い」主題歌』
と書かれていた。
それは美月が離婚後初めて観た映画の主題歌だった。
映画の内容は、離婚した五十代の女性主人公が打ちひしがれた生活から脱却しようと海辺に移り住む。
そして徐々に充実した生活を取り戻していく中で最愛の人に出逢うというラブストーリーだった。
その時に流れていた切ないラブソングが海斗の曲なのだ。
海斗のバンドは、若い頃は大声を張り上げ派手なパフォーマンスで有名だった。
もちろんパフォーマンスだけでなく、曲作り、アレンジ、歌唱力の三拍子が揃っている。
そんな彼らのバンドは、まさに日本のロック界の神髄とも言われている。
しかし最近は激しいタイプの曲ばかりではなく、
この曲のように映画音楽やCMソングなどに起用されるバラード調のラブソングも多く作っていた。
そのせいか、ぐんと女性ファンも増えている。
その時美月は思った。
公園で聞いた海斗の声は、このラブソングを歌う時の声に似ている。
聴く人に語りかけるように歌う海斗の穏やかな歌声は、あの時の海斗の声に似ていた。
次の瞬間、美月は迷わずそのCDを手に取ると会計をしにレジへ向かった。
コメント
3件
美月ちゃん....辛い色んな思いから解放され ゆっくり寝られ、すてきな朝を迎えられて良かったね🥰 美月ちゃん、海斗さんで頭がいっぱいになっていて....( 〃▽〃)😍💞 たぶん海斗さんも....💕💕🤭ウフフ 二人とも幸せそうで、こちらまで幸せ気分になります💖
海斗さんの使っているメロメロ新曲は、美月ちゃんへの想い、ラブソングになるのかな🥰
「あの夏の出逢い」は「50歳のシンデレラ」がモデルですか😊⁉️ 美月ちゃんも海斗さんに心惹かれてますね〜💞 でもそこで控えめに見守る愛を捧げてる美月ちゃんがとても愛おしいです〜キュンキュン🫰🥰🌷