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次の試験開催の打ち合わせは、最初はまじめだった。花の置き場、焼き菓子の並べ方、回遊の順番、終了時刻。オブラスが紙に書き、ジョンナが古記録を参照し、エルドウィンが搬入経路を確認する。いつも通りの、堅実な夜になるはずだった。
そこに、ノイシュタットが余計な紙を一枚差し込んだ。
「提案があります」
その声に、ハヤはもう嫌な予感しかしなかった。
「ろくでもない顔をしてます」
「失礼だな。今日は少しだけ天才の顔だ」
「ろくでもなさの種類が変わっただけです」
ノイシュタットは咳払いし、紙を掲げた。
「祭りの一角に、小さな語り台を作る。そして、その場で告白したい人を募る。司会が実況風に紹介し、通りの空気ごと盛り上げる」
数秒、店内が止まった。
最初に動いたのはジョンナだった。
「却下です」
「早い」
「品がありません」
「品は盛りつけ次第でどうにでもなる」
「恋心を焼き菓子みたいに言わないでください」
ところが、アンネロスが腹を抱えて笑い出した。
「いいじゃない。朝風通りでそんなもの始まったら、見に来る人はいくらでもいるわ」
ドゥシャンも勢いよく乗る。
「俺、実況っぽい声出せる! “ただいま坂の下から走ってきました、緊張で足がもつれております!”みたいな!」
「絶対に別人の名前を叫ぶので駄目です」
ハヤが即答した。
エフチキアは面白がりつつも首をかしげる。
「でも、ちゃんと本気の人がいたらどうするの」
「本気だからこそ、人は見たい」
ノイシュタットはひどく真顔で言った。
「恋そのものじゃなくて、誰かが勇気を出す瞬間は、人の足を止める」
その言葉に、ハヤは少し黙った。
たしかに、足を止める。笑いでも、ひやひやでも、応援でも、人は立ち止まるだろう。立ち止まれば、花も菓子も店も見える。理屈は合っているのが腹立たしい。
ジョンナが本を閉じる。
「仮にやるとしても、条件が必要です。相手の了承、年齢確認、司会進行の品位、名前の確認」
「最後が一番大事ですね」
ハヤが言う。
ドゥシャンは露骨に目を逸らした。
オブラスが紙の端に新しい項目を書き足す。
「客寄せとしては強い。事故率も高い。管理できるなら試す価値はあります」
「あなたまで」
ハヤが見ると、オブラスは平然としていた。
「数字になる可能性は否定しません」
「人の心を数字で数えないでください」
「数えるのは集客です」
結局、その場で完全却下はされなかった。
ノイシュタットは勢いづいて語り台の寸法まで話し始め、エルドウィンは木材の在庫を確認し、アンネロスは「告白前に甘いものを食べさせたら成功率が上がるかも」と言い出す。話が勝手に進み、ハヤだけが頭を抱えた。
打ち合わせの最後、彼女は低い声で言った。
「変な方向にだけ、皆さん足が速いです」
ノイシュタットはにこやかに返す。
「朝風通りは、たまに無駄な熱で救われる」
その一言に、笑っていいのか怒るべきか分からなくなって、ハヤはため息をついた。
ただ、その夜の花屋には、いつもより長く笑い声が残っていた。
無茶な案なのに、誰も本気で嫌がっていない。その空気が、町に新しい名物が生まれる前触れのようにも思えた。