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金属の擦れる音を確かめるため、サベリオはその夜のうちに時計塔へ上がった。
コスタチンも一緒だった。古い工具箱を持つ師匠の背中はいつもより丸いのに、階段を上がる足取りだけは迷いがない。
塔の中は、油と埃と長い時間の匂いがした。壁の隙間から入る夜風が、細い音を運んでくる。
「昼より、夜の方が正直だ」
コスタチンが言う。
「古いもんは、黙りきれん時がある」
サベリオは鐘を吊るす部分へ灯りを向けた。金具の縁に、見覚えのない白さがある。近づいてよく見ると、表面の塗装の下で、細いひびが走っていた。
「あった」
声が乾く。
鐘そのものではない。だが、これが広がれば重みを支えきれない。鳴らないだけで済むかどうかも怪しい。
コスタチンが横へ並ぶ。ひびへ指先を寄せ、目を細めた。
「……まだ鳴らせる」
「ほんとか」
「ほんとでなきゃ言わん」
師匠は短く答えた。
「ただし、継ぎ金具がいる」
サベリオは息を止めた。聞きたくない言葉でもあった。
「残ってる?」
コスタチンはすぐには答えない。代わりに鐘の縁を軽く叩いた。乾いた、低い音が塔の中へひろがる。
「元の型はもう作っとらん」
やがてそう言った。
「昔の継ぎ金具なら、事故の年に一式そろえた記録がある」
事故の年。
その響きだけで、階段の下に置いてきたはずの息苦しさが戻る。
「記録がある、ってことは」
サベリオが問う。
「物が残っとるとは限らん」
コスタチンはあくまで現実的だった。
「だから保守簿と部品帳を照らす。どこで消えたか見る」
翌日、デシアとニカットも交えて資料をひっくり返した。市立資料室の机に古い台帳が並ぶ。紙の色だけ見れば静かな作業なのに、指先はみな急いでいた。
保守簿には確かに、事故の年に継ぎ金具を交換した記録がある。
だが、部品管理簿のその頁だけ、肝心の受け渡し欄が空白だった。
「おかしい」
デシアが呟く。
「交換記録だけ残って、受領がない」
ニカットも覗き込む。顔色が少し変わる。
「通常なら、ありえません。保守と受領は必ず対になってる」
「消えたってこと?」
ハルティナが聞く。
誰もすぐには否定できなかった。
サベリオは空白の欄を見つめた。事故の夜に消えたものは、名誉だけじゃない。鳴るはずの音へ繋がる部品まで、どこかで抜かれている。
その空白が、塔のひびと同じ形に見えた。