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駅前の大きなホールでは、その頃、オートパイロットの稽古が止まっていた。
白い照明の下で、アルヴェは舞台中央に立ち尽くしていた。客席には誰もいないのに、数字だけを追う会議の熱気がまだ座席のあいだにこもっている気がする。スポンサーの希望、広報映え、配信向けの見せ場。正しいはずの材料ばかり積んだ上演は、いつの間にか、誰の居場所も残さないものになっていた。
「もう一回、三場から」
スタッフが言う。
アルヴェは返事をしなかった。
代わりに、袖で台本を見ていたリヌスが顔を上げる。
「止める?」
「……止めたい」
アルヴェは正直に言った。
リヌスは驚かなかった。たぶん、前から分かっていたのだ。
「俺たち、勝つ形ばっかり整えてる」
アルヴェは舞台を見たまま続ける。
「でも、誰の負けを拾う芝居なのかが、もう消えてる」
「今さら気づいたな」
リヌスは淡々としていた。
「いや、前から気づいてたろ。見ないふりしてただけで」
その言葉は責めるためではなく、出口の場所を示すみたいに真っ直ぐだった。
アルヴェは口元だけで笑った。
「嫌な副演出」
「敏い副演出だ」
リヌスが即答する。
「で、どうする。黙って最後まで乗るか。途中で降りるか」
降りる。
その言葉に、アルヴェの喉がわずかに動く。
彼は子どもの頃、この町で初めて見た小さな朗読会を今でも覚えていた。橋の下で、声だけで空気を変えた夜。勝ち負けなんて考える前に、ただ届くことが奇跡みたいだった時間。
その記憶からいちばん遠い場所に、今の自分は立っている。
「降りる」
アルヴェは言った。
スタッフ席がざわつく。誰かが名前を呼ぶ。だが彼は振り向かない。
リヌスだけが小さく頷いた。
「そうか」
「止めないのか」
「現場は俺が回す」
リヌスは台本を閉じる。
「その代わり、お前は逃げるな。辞めて綺麗になるのが目的じゃないだろ」
アルヴェは目を伏せた。
「分かってる」
「分かってる顔じゃないな」
リヌスは少しだけ口元を緩めた。
「まあいい。行け。戻るなら書類持って戻れ」
それは許可だった。甘さのない後押しだった。
夜更け、シェルターの入口で足音が止まる。
最初に気づいたのはヴィタノフだった。照明の向きを変えた先に、アルヴェが立っている。
きちんと頭を下げる前に、空気の方が先に凍った。