___6ヶ月後
この日凪子は、信也の家で絵画のモデルをしていた。
「ちょっと凪子、まだ動くな!」
「疲れたー、ちょっと休憩したいー」
「まだ一時間も経ってないぞ」
「ただ立ったままの一時間って結構長いのよー」
「元モデルだろう? 頑張れよ」
信也が茶化すように言う。
今凪子は、信也からプレゼントされたベージュ色のシフォンのワンピースを身に纏い、信也から見て斜めのポーズで立っている。
最初はデッサンから始めたモデルも、今はだいぶ進み部屋には油絵の具の匂いが漂っていた。
凪子は不思議とこの匂いは嫌ではなかった。
凪子はその匂いに包まれながら、土日ごとに信也の家でモデルを務めていた。
凪子を描きながら、信也は凪子がどんどん美しくなっていくのに気付いていた。
凪子は離婚してからどんどん輝き始め、日に日に美しさが増している。眩し過ぎるほどだ。
その時とうとう凪子が音を上げた。
「昨夜はパーティーに出てずっとヒールで立ちっぱなしだったから、本当に疲れたのよぉ。だから先生、そろそろ休憩にしてくれませんかぁ?」
その言い方に思わず信也がプッと笑う。
「仕方ないなぁ……じゃあちょっと休憩するか」
「はーっ、助かった」
凪子はホッとした様子ですぐ椅子に座った。
信也は筆を置くと、キッチンへ行き手を洗ってからコーヒーを淹れる。
凪子にはミルクをたっぷり入れてカフェオレにした。
信也はそれを頂き物のクッキーと一緒にテーブルに置く。
クッキーを見た凪子は嬉しそうに言った。
「美味しそうなクッキー! いただきまーす」
凪子はすぐにクッキーをサクサクと食べ始めた。
その無邪気な様子に、思わず信也の顔が綻ぶ。
あれから半年、二人は特に大きな喧嘩をする事もなく今日まで来た。
些細な喧嘩はしょっちゅうだったが、いわゆる「犬も食わない」程度のものだ。
信也がプロデュースに関わった凪子の会社の新ブランドは、無事二ヶ月前にオープンした。
信也が監修した事が話題となり、順調な滑り出しを見せている。
今では富裕層の婦人達にも支持され売り上げは絶好調だ。
これで凪子もやっとホッと一息つけるようになった。
離婚後ずっとこの仕事に打ち込んでいたので、漸く信也とのこうした時間も持てるようになった。
信也が手掛けていたホテルも、三ヶ月前に無事オープンした。
こちらも信也が内装を手掛けた事が話題となり、テレビや雑誌に何度も取り上げられるようになる。
その結果、すぐに予約が取れない程の人気ホテルへ成長していた。
沖縄の地震はあれ以降すっかり落ち着いている。
地震による影響は一時的なもので、今は観光客も以前のように戻っていた。
その時信也が静かに言った。
「凪子、離婚からもうすぐ半年だろう? そろそろ籍を入れないか?」
凪子は信也の顔を見る。
確かに離婚してからもうすぐ半年だ。以前から凪子は半年経ったら再婚してもいいと考えていた。
実は信也がいつこの件に触れてくるか気になっていた。
もちろん心の準備は出来ていた。
だから、今信也にそう言ってもらえて心の底から嬉しかった。
そして凪子は返事をした。
「いいわ! 籍を入れましょう」
凪子はニッコリと笑う。その笑顔に信也も微笑む。
「ありがとう。じゃあとりあえず先に入籍をするとして、結婚式の事も決めていかないとな」
「結婚式? 式は無理にしなくてもいいわよ。私二度目だし」
「そうはいかないよ。俺達の門出なんだからちゃんとしないと」
信也はリビングボードまで歩いて行くと、扉を開けて中からファイルを取り出した。
そしてそのファイルを凪子の前に置く。
「いくつか取り寄せておいたんだけれど、そこ以外がいいなら言ってくれ。またパンフレットを取り寄せるから」
「え?」
凪子は驚いてファイルの中を見てみる。
そこにはいくつものホテルのパンフレットが挟まっていた。
どれもホテルウェディングに関する物ばかりだ。
凪子は驚いた表情のまま信也の顔を見る。
すると信也はニッコリ笑って言った。
「よく見てごらん」
凪子は言われるがままに、そのパンフレットを一つ一つ見ていく。
どれも一流ホテルのものばかりで、あまりにも素晴らしくてため息が出る。
「こんな豪華なホテルだと私お金払えないかも」
「結婚式にかかる費用は全て俺が出すよ。だから金の事は心配するな」
「…………」
凪子は驚いた。
まさか信也が新婦側の費用を全部持ってくれるなんて
思ってもいなかったからだ。
良輔との結婚の際は、招待客の人数が凪子の家の方が多かった。
だから唐沢家が負担した費用は朝倉家よりも多かった。
折半ではなく凪子側が多く負担したのだ。
しかし、信也は全て払ってくれると言っている。
「えっ、でもそれじゃあ悪いわ」
「何が悪いんだ? この結婚は凪子を『唐沢家』から『戸崎家』へいただく事になるんだぞ。それくらいの事はさせてくれ」
信也は当然のように言う。
その言葉は凪子にとって泣きたいほど嬉しいものだった。
「ありがとう、きっとうちの父が喜ぶわ。自分の娘の事をそんなに大切に思ってくれているなんて知ったらきっと凄く喜ぶと思う」
「当然だろう? まぁ君が戸崎家へ嫁に来ても、今まで通りご両親との関係はなんら変わる事はないけれどな。凪子は好きな時に実家に帰ればいいし、俺だって一緒に遊びに行かせてもらうから」
「うん……ありがとう……」
そこで凪子は感極まり泣き出した。
すると信也はソファーへ移動し、ソファーに座って凪子を呼んだ。
「凪子、おいで」
凪子は涙を拭きながら立ち上がると、信也の傍まで行く。
信也は凪子を抱きかかえると、自分の膝の上に座らせた。
「泣く事はないだろう? 当然の事を言ったまでだ」
「うん」
それでも凪子の涙は止まらない。なぜか泣けて泣けて仕方がなかった。
良輔との結婚の際、凪子は自分の両親に色々と我慢をしてもらっていた。
いつもだったらあれこれ口を出す父親が、娘の幸せの為にと思い言いたい事を全て胸の内に留めていてくれた。
それを思い出すとどうしても泣けてくる。
自分の両親が色々と我慢してくれたのに、結婚後、良輔は一度も凪子の実家に顔を出さなかった。
凪子が誘っても何かと理由をつけて断って来る。
良輔は凪子の実家に帰る事を嫌がっているようだった。
だから、凪子が里帰りする時はいつも一人だった。
凪子の父はなんとか娘婿と仲良くなりたいと思っていたようだが、そのチャンスすら与えられなかったのだ。
だから、信也が結婚前から凪子の両親の事を思ってくれている事が分かり、胸がいっぱいになってしまった。
「あんまり泣くと、目が腫れて絵のモデルが出来ないぞ」
信也は優しく微笑みながら言った。
そこで凪子も言った。
「信也が優し過ぎるせいよ…」
「ハハッ、俺のせいか。まあいい…絵を描くのはここまでにするか。あとはベッドの上でゆっくりとお説教しないとな」
「ばかっ!」
凪子は笑いながら信也の首に両手を回すと、そのまま抱き着いた。
そんな凪子を信也は愛おしそうにギュッと抱き締めた。
コメント
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あれやこれやと凪子さんのご実家を蔑ろにして最低な良輔実家💢 信也さんはステキな結婚式を提案してくれて本当に良輔とは真逆な信也さんの対応✨✨もう神です🌝💞 信也さんの対応が際立つ分良輔の不出来さも際立って、こんな男に費やした2年を利息つけて返して欲しいくらい😡💢😤 でもこれからは凪子さんのご実家とも仲良く交流できそうで幸せな時間を過ごせますね⏳凪子さん💏🌸🌹