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機種変したので、ちゃんと続きが届くか不安ですがまたまた宜しくお願いします🙇
教室の生徒さんのお嬢様達、皆さん優しくて、これからも頼りになりそうな存在😊 まさかの爆弾投下! 朔也さんの過去が気になり過ぎるーーー!

恋心を持ってしまったら、前の恋愛が気になるよね。落ち込まないでね、まだ始まったばかり。
昼の休憩時、美宇は工房のテーブルで、持参したサンドイッチを食べた。
飲み物は自由に飲んでよいと言われていたので、紅茶を選んだ。
その間、朔也は所用のため車で出かけた。
すぐに済む用事だと言っていたので、すぐ戻るだろう。
食事を終えると、美宇は午後の教室の準備を始めた。
陶芸の道具に触れながら、東京で教えていた頃のことを思い出す。
(まったく違う場所にいるのに、同じ仕事をしているなんて、不思議……)
そう思いながら椅子の並びを整えていると、朔也が戻ってきた。
「準備ありがとう。もうすぐ生徒さんが来るから、来たら紹介するよ」
「はい」
教室開始の五分前になると、工房に次々と主婦が入ってきた。
「こんにちは~」
「先生、今日もよろしくお願いします」
「あれ? 山田(やまだ)ちゃん、まだ来てないの?」
「もうすぐ来るわよ」
工房は賑やかな声に包まれた。
そのとき、少し遅れて山田がやってきた。
「出がけに電話が来ちゃって、遅れちゃったー」
「まだ始まってないから大丈夫よ」
そのとき、美宇は朔也に呼ばれ、生徒たちの前まで行った。
朔也は生徒たちに美宇を紹介した。
「みなさん、彼女が新しく講師として来てくれることになった七瀬先生です」
その言葉に、四人の生徒が一斉に声を上げた。
「まあ、新しい先生って、こんなに可愛らしい人なの?」
「こんな若い先生が来てくれるなんて、嬉しい!」
「うちの娘と同じくらいかしら?」
「ほらほら、みんな、あまり大声を出さないの。七瀬先生が驚くわ」
リーダーと思われる女性が皆をたしなめると、その場が静かになった。
そのタイミングで、美宇が挨拶をする。
「東京から来ました、七瀬美宇と申します。至らない点もあるかと思いますが、精一杯頑張りますので、よろしくお願いします」
生徒たちは笑顔で拍手を送った。
「よろしくね~、私、細田由美子(ほそだゆみこ)です」
「私は中野景子(なかのけいこ)です。よろしく~」
「私はこの教室で最年長の長田美津(おさだみつ)です。今年で70歳になります」
「山田真紀子(やまだまきこ)です。これからよろしくね~」
美宇が四人に向かって「よろしくお願いします」と返すと、朔也が付け加えた。
「七瀬さんは、あの有名な広瀬アートスクールで講師をしていたんだ。若いけどベテランだから、いろいろ教えてもらってください」
「まあ、あの全国展開の広瀬アートスクールで? テレビCMでよく見るわよ」
「全国展開の教室よね?」
「私もこの前見たわ! 東京のスクールは洒落た建物よね~。そんな素敵な場所で働いていたのね」
その言葉に、朔也が口を挟んだ。
「ここは洒落た建物じゃなくて申し訳ないねー」
「違う違う、そんなつもりで言ったんじゃないの。やだ、先生ったら」
「ほんと、すぐにいじけるんだから」
「そうそう。ここにはここだけの居心地の良さがあるのよ。だから、みんな長年通ってるんだし」
生徒たちの言葉に、朔也は声を出して笑った。
「あはは、冗談ですよ。でも、そう言ってもらえて嬉しいなあ。今日はとっておきの豆でコーヒーを淹れようかな」
「あ、先生、前にいただいたキリマンジャロがいい!」
「私もあれ好き」
「はいはい、休憩のときにね。じゃあ、さっそく始めてください」
「「「「はーい」」」」
生徒たちはエプロンをつけ、棚から作りかけの作品を取り出して作業を始めた。
その間、美宇は朔也に尋ねた。
「あの、コーヒーって?」
「うちの教室では、1時間半作業をしたら15分休憩するんだ。そのとき、僕がいつもコーヒーを淹れるんですよ」
「わぁ、コーヒーもついてるんですね。あ、じゃあ、今日からは私が淹れましょうか?」
「大丈夫。コーヒーを淹れるのは僕の趣味だから。七瀬さんは指導に集中してください」
「分かりました」
朔也にそう言われたら、それ以上は何も言えない。
以前いたスクールでは、コーヒーを淹れるのは新人の役目と決まっていたので、不思議な気がした。
(これが、個人経営ならではの自由さなのね)
美宇はそう思いながら、作業を始めた生徒たちのそばへ向かった。
四人のうち二人は手びねりで、あとの二人は電動ろくろを使って作品を作っていた。
電動ろくろを使っている山田は、まだ使い始めたばかりで、なかなか芯を取ることができないようだ。
「七瀬先生、助けてください」
くるくる回る電動ろくろの上で、ねじれた粘土が激しく暴れていた。
美宇は山田の向かいに座り、粘土を手のひらで包み込むように押さえ、力を込めて中心へと誘導していく。
そして、ときどき右手でトントンと軽く叩きながら、粘土が中心に収まるように調整した。
「わあ、先生すごい! あっという間に粘土が落ち着いたわ」
「中心がずれているときは、こうやってトントンと叩いて少しずつ修正するといいですよ」
「なるほど~、アントニオ猪木のチョップみたいな感じ?」
その会話を聞いていた隣の細田が、プッと吹き出した。
「変なこと言って笑わせないでよ~、山田さんのせいで歪んじゃったわ」
「ふふっ、ごめんごめん」
そのざっくばらんな雰囲気に、思わず美宇もクスクスと笑った。
「あ、先生、やっと笑った」
「え?」
「やっぱり初日で緊張してたんでしょ? でもね、ここに来る人はみんないい人だから、緊張しなくて大丈夫よ」
「あ、はい、ありがとうございます」
「そうそう。もっとリラックスして楽しんで。私たちは別に取って食ったりしないから」
すると、テーブルで作陶していた70歳の長田が言った。
「そうよ~、この工房は、青野先生のお人柄で、嫌な人が一人もいないのよ」
長田の向かいにいた中野も口を開いた。
「ほんとそうよね。昔、別の習い事をしていたときは、やたらマウント取ったり張り合う人がいたけど、ここはそういうのが一切ないの。だから、みんなリラックスして作陶を楽しめるのよ」
「そうなんですね……」
生徒たちが自分のことを気遣ってくれていると気づき、美宇は感動した。
「そうそう。だから、七瀬先生もリラックスしてずっとこの教室にいてちょうだい。先生がいなくなったら、私たちが困っちゃう」
「そうそう。青野先生はもう大先生だから、私たちの相手をする暇がないでしょう? だから、七瀬先生が来てくれてすごく嬉しいのよ」
「そうそう、末長くよろしくね~」
そのとき、生徒たちの会話を聞いていた朔也が、作業をしながら言った。
「なんか、もう僕は必要ないみたいですね~」
その言葉に、生徒たちが笑い出した。
「やだ~、先生ったら」
「またいじけちゃって」
「先生は年明けに個展があるんだから、忙しいと思って気を遣ったのに、すぐいじけちゃうんだから」
「ほんとほんと、そんな性格じゃ、いつまで経ってもお嫁さんが来ないわよ~」
「そうそう、また前みたいに逃げられたって知らないんだから」
(え?)
最後の言葉に、美宇はハッとした。
すると、生徒の一人が慌てて「しっ!」とたしなめる。
(青野朔也は独身なの? それに、以前結婚を意識した恋人がいたってこと?)
美宇の心がざわつき始める。
そのとき、朔也が降参したように言った。
「まいったな……」
その一言で、生徒たちの間にふたたび笑いが広がった。
朔也は電動ろくろのスイッチを切り、立ち上がってこう言った。
「じゃあ、そろそろコーヒーでも淹れて、お嬢様方のご機嫌取りでもしますか」
「わー、やったー」
「あ、先生、私、クッキー持って来たよ~」
「私もお饅頭持ってきたから、みんなで食べましょう」
「七瀬先生も一緒にね」
「ありがとうございます」
その後、工房内にはコーヒーの香りが漂い、賑やかな話し声が響いた。
美宇はその賑わいの中で、なぜか心が重く沈んでいくのを感じていた。