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翌朝、友香は宿の窓を開ける前に想一郎へ電話をかけた。
呼び出し音が一回、二回、三回。
出ない。
六回目で留守番電話に切り替わった。
「……今日、住民集会に行くから」
録音が始まったことを示す音のあと、友香はそう言った。
「あなたの名前が出るって聞いた。止めたいなら、まず私に説明して」
少し迷い、最後に付け足す。
「私はまだ、あなたを信じたいと思ってる」
通話を切った。
口にした途端、その言葉が重くなった。
信じたい。
でも、知らないことが多すぎる。
友香は左手の指輪を見た。
「信じるって、何なんだろ」
「少なくとも、全部黙って信じろって意味じゃないと思います」
背後から千恵実の声がした。
振り返ると、宿の一階ロビーに彼女が立っていた。
「おはようございます。集会、私も行きます」
「千恵実さんも?」
「資料を頼まれてるので」
その横から里樹が顔を出した。
「俺も」
「撮影?」
「今日は撮らない。最初は話を聞く」
友香は少し意外に思った。
「ちゃんと考えてるんだ」
「どういう意味?」
「そのまま」
三人で歩いて向かった集会所には、開始二十分前なのに四十人近く集まっていた。
高齢者だけではない。
制服姿の高校生。子どもを連れた母親。商店の前掛けをつけた男性。
壁には大きく、
『星見線を未来へ残す会』
と書かれていた。
前方に立つ男がマイクを握る。
「俺は勝人。この町で生まれて、この町で商売してる」
声が大きい。
それだけではない。
聞いている人間の視線を一つに集める力があった。
「鉄道会社は、星見線を数字だけで切ろうとしてる。乗る人が少ない。赤字だ。設備が古い。だから終わりだと」
会場から低い声が上がる。
「でもな、病院へ行くばあちゃんに、赤字だから歩けって言うのか。高校へ通う子に、採算が悪いから学校を変えろって言うのか」
拍手が起きた。
友香も、その言葉自体には反対できなかった。
勝人は机の上に資料を叩きつけた。
「そして会社から来てる担当の一人が、想一郎だ」
胸が跳ねた。
「沿線のことを調べる顔をして、廃止の材料を集めてる。俺はそう見てる」
「ちょっと待ってください」
気づけば友香は立っていた。
里樹が横で「あ」と小さく声を漏らす。
会場中の視線が集まった。
勝人が友香を見る。
「何だ?」
「想一郎さんが廃止のために来てるって、証拠はあるんですか?」
「会社の担当者だ。それで十分だろ」
「十分じゃないです」
ざわめきが走る。
友香は自分でも、初対面の相手へよくここまで言えると思った。
けれど引く気はなかった。
「会社が廃止を検討してることと、担当者一人が廃止を望んでることは同じじゃありません」
勝人の目が細くなる。
「じゃあ、あんたは会社を信用するのか?」
「信用するかどうかを決めるために、数字を見せてください」
「数字?」
「赤字だから駄目だって会社を責めるなら、その赤字がどれくらいなのか。設備が古いなら、何にいくら必要なのか。そこを知らずに怒っても、残す方法を決められないでしょう」
一瞬、会場が静かになった。
千恵実が机から資料を取り、前へ出る。
「数字はあります」
スクリーンに表が映った。
星見線の年間収支。
利用者数。
橋梁点検。
信号設備。
車両整備。
友香は息を呑んだ。
営業赤字は年間およそ一億八千万円。
さらに、老朽化した橋梁と信号設備の更新を続けるなら、今後五年間で十二億円規模の費用が見込まれていた。
「……こんなに」
誰かが呟いた。
さっきまで勢いよく拍手していた人たちも黙っている。
勝人はマイクを握り直した。
「だからって、なくしていい理由にはならない」
「それは分かります」
友香は答えた。
「でも、『残したい』だけでも残らない」
勝人の眉が動く。
「じゃあ何だ。諦めろって言うのか」
「言ってません」
「会社の連中はいつもそうだ。現実を見ろ、数字を見ろって言って、最後は切る」
「私は会社の人間じゃないです」
友香ははっきり言った。
「だったらなおさら、決めつけないでください。会社が全部悪いとも、想一郎さんが正しいとも、私はまだ言ってません」
「ずいぶんあいつをかばうな」
「かばってません。確かめてるんです」
声が少し強くなる。
「私だって腹が立ってる。でも、腹が立つ相手だからって、してないことまでしたことにしたくない」
勝人はしばらく友香を見た。
それから鼻で息を吐いた。
「面白い姉ちゃんだな」
「褒められてます?」
「知らん」
集会はその後も一時間以上続いた。
廃線反対の署名。
代替バスの話。
通学定期の利用者数。
観光客を増やす案。
友香はノートへ一つずつ書き留めた。
聞けば聞くほど、簡単な敵味方では分けられない。
星見線を残したい勝人の気持ちは本物だ。
会社が抱える費用も本物だ。
そして、その間に想一郎がいる。
集会が終わり、人が外へ出始めた。
友香も鞄を肩へ掛ける。
「おい」
勝人に呼び止められた。
「はい?」
彼はさっきとは違う、探るような目で友香を見た。
顔。
そして左手の指輪。
「……待てよ」
「何ですか?」
「前に、想一郎が会社の連中と来た時があった」
友香の心臓が跳ねる。
「あいつ、結婚するって話になって、写真を見せたんだ」
「写真?」
勝人が一歩近づいた。
「その顔、見覚えがある」
友香は動けなかった。
里樹と千恵実も黙る。
勝人の視線が指輪へ落ち、再び友香の顔へ戻った。
「もしかして、あんた」
低い声が落ちた。
「想一郎の婚約者か?」
コメント
1件
うわああ第4話読み終えたよー!!😭💕✨ 友香が集会で勝人に「証拠はあるんですか?」って立ち向かうシーン、めっちゃかっこよかった…!自分の感情だけで動かずに、数字や事実を求める冷静さがすごい。でも最後の「想一郎の婚約者か?」で一気に空気が変わって、鳥肌たったよ…!勝人さんの目が探るような感じになったのもヤバい。続きが気になりすぎる〜!!次回も絶対読むね🌸🔥