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それでいて友人達とは堂々と遊び回る私のふてぶてしさを氏子の人達は苦々しく思っていたようですが、
長兄や両親からは特に責められたり、咎められるようなことはありませんでした。
カリンにはカリンの人生と世界観があるからって。
それを邪魔するのはお稚児様だってお望みじゃないって。
神様に帰依するかしないかは個人の自由だし、もし縁があるならばカリンがどんな人生を歩もうと、必ずどこかで塚森や童ノ宮と交わるはずだ、と両親と長兄は話し合ってたみたいです。
……ええ、確かにありがたいですよね。
で、結局どうなったかというと――。
両親が二人そろって交通事故で亡くなり、中学を卒業するタイミングで私は家を出ることにしました。
私がどんなに生意気な態度だった時も優しかった父母の死のショックは大きくて。当時のことはほとんど覚えていませんが、毎日、ずっと泣いていたと思います。
涙も枯れ果てた頃には――、稚児天狗も童ノ宮の祭儀も私はウンザリしていました。さっきも言った通り、高校受験をして合格の通知を貰ったその日に家を出ることを決めました。
と言っても残った家族、兄や姉と喧嘩別れしたわけじゃないんです。
住む場所から生活の支援まで、惜しむことなく助けてくれた長兄のお陰で私の高校、大学生活は人並み以上に充実していました。
その後、夢ノ宮市市内にある小さな映像制作会社に就職し、そこで夫と出会って結婚して……。
ええ。とにかく平穏な毎日でした。
子供の頃、いつも味わっていた違和感、たとえ自分の家にいても誰かに監視されているみたいに、所詮、この居場所の主人公は実は自分達じゃない、目に見えない神様だという焦燥感や苛立ちは微塵もありませんでした。
だけど、ミトが生まれて――その平穏が大きく揺らぎ始めたんです。
いえ、違います先生。決して、この子を産んで後悔したとかじゃないです。
むしろ逆です。この子が生まれて来てくれたことは、長い一生のうち、ここまで幸せを実感できることは他にないだろうと言うぐらい嬉しかったんです。
それは夫や義両親も同じでしょうし、久しぶりに連絡を入れた兄弟達も泣いて喜んでくれました。
だけど、年々、気がかりなことが増えて来まして――。
ね、ミーちゃん? ミーちゃんのお石、ちょっとママに貸してちょうだい? ……うん。もう勝手に捨てたりしないから。
――はい、ありがとう。
すぐ返すから待っててね。
……すみません先生。
これを見てもらっていいですか?
ええ、ただの丸い石です。
どこにでも転がっているような。
でも、ここを見てください先生。……幾何学模様の、マークみたいなものが刻まれているのが見えませんか?
象形化された独楽が三つ、中心で針の先を重ね合わせたものですね。
……実はこれ、同じデザインなんです。
実家の――童ノ宮の神紋と。
はい。しんもん、です。
幟なんかにも描かれてる神社のエンブレムですね。
童ノ宮ではそれがごくまれに石とか樹木、自然物にこの神紋が浮き上がってくる現象が昔から観測されていまして。
実家では天狗石って呼んでました。
稚児天狗がおまじないのために刻んだとかなんとか……。
いえ、そんな話はどうでもいいんです。私が心配なのは、そんな古臭い昔話じゃなくて――ミトのことだけですから。
実を言うと――ミトは生まれた時、この石を両手で抱きしめていたんです。小さな手で、大事そうにギュッと。
正直、鳥肌が立ちました。それに凄く腹も立ちました。
神様だか、お稚児様だか天狗だか知らないけど――。
せっかく、我が子が生まれて来たおめでたい日を、ハレの瞬間を、台無しにするんじゃねーよって!
せっかく塚森家から遠ざかって――神様だの怪異だの、訳のわからないものから縁を切って、お母さんになれると思ったのに!
周りの友達と同じように普通の人生が歩めると思ったのに!
……ご、ごめんなさい。
大きな声を出してしまって。
……天狗石ですか?
もちろん、捨てました。
一回目は近所のゴミ捨て場に。二回目は夫に頼んで、車で山中に捨ててもらいました。三回目は海岸だったかな?
それ以降は――、すみません、よく覚えてなくて。
ええ、そうなんですよ先生。天狗石はどこに捨てても、何十回捨てようとも、必ず娘の、ミトののもとに戻ってくるんです。
たかが石じゃないかと夫は言うんですけれど私は頭がおかしくなりそうなほど怖くて。
それに心配事は他にもあるんです。
実は家の中でミトとは違う、もう一人の別の子供の気配がするんです。
例えばダイニングで家族団らん中、二階から足音や笑い声が響いてきたり。私がちょっとトイレに立っている間、娘が天井を見上げてニコニコ笑ってたり、誰もいない壁に向かって一生懸命おしゃべりしてたり、ですね。
気になって、私はその度に「今、誰とお話してたの?」って聞くんですけど、決まってミトは「おめめが一つだけのお兄ちゃんと遊んでた」って答えるんです。
童ノ宮の神様――稚児天狗は、隻眼の稚児の姿をしていると言われています。まだ人間だった頃、右目が不吉な色をしていたから父親に抉り出されてしまったとか。
もちろん、それはただの伝承、言い伝えですけど……。
――えっ?
実家に相談してみたか、ですか?
そ、それは無理かも、です。
だって、わたしは家族を裏切って、とまで言ったら大げさかもしれませんけど。かなり不義理な形で実家を出てしまいましたから、今さら相談なんて……。
……ちょっと、ミーちゃん?
さっきから何をブツブツ言ってるの?
も、もう! 唱えるのやめてっていつも言ってるでしょ!?
お母さん、それ嫌いなんだからね!
……えっ、今のですか?
その、何と言えばいいか――、いわゆる真言です。
本来、修験道のものだったそうですが、神仏習合の影響で――
童ノ宮でも実家でも、神様にお祈りする時は必ず唱えることになってるんですよね。
ええ、私は小さい頃から耳ダコだったんですけれど。
ミトの前では一度だって唱えたこともなかったのに。
――先生?
こんなのって絶対おかしいですよね?
……え、ええ、そうですね。
今のところ、何か悪いことは起きてはいません。
だけど、私、どうしても薄気味が悪くて。
やっぱり心配で。
だって、こんなのまるでミトが稚児天狗にマーキングされてるみたいじゃないですか……。
万が一、ミトの身に何かあったらと思うと――
ねぇ、先生。
私は一体、どうすればいいんでしょうか?