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『もうさ、認めちゃいなよ』
フードロス企画が試行されることになり、私は倫太朗に報告した。
彼は今、大阪にいるらしい。
私の初企画が順調であることを喜び、労いの言葉をくれた後、倫太朗がため息交じりに言った。
何のことかなんて、さすがに聞かなくてもわかる。
彪さんとは、私が取り乱したあの夜のキス以降、触れ合っていない。
時々、それを寂しく思っている自分の身勝手さが、本当に嫌だ。
『もたもたしてたら、心変わりされちゃうよ?』
珍しく、容赦ない言葉。
倫太朗が、呆れるのを通り越して苛立っているのがわかる。
『俺、うじうじしてる今の椿ちゃんとは結婚したくない。ごめんね』
私はなぜ、振られたのだろう。
納得できずにホーム画面に戻ってしまったスマホを置き、部屋を出た。
「どうした?」
ちょうど、トイレから出て来た彪さんと鉢合わせる。
「なんか、難しい顔してるぞ?」
「……倫太朗に結婚を断られてしまいまして」
「プロポーズされたの、椿の方だよな?」
「そのはずなんですが……」
彪さんがリビングのドアを開けた。促されるまま、私が先に進む。
「椿は結婚したい?」
「いいえ」
「あ、倫太朗とってことじゃなくて。結婚願望があるかってこと」
彪さんが冷蔵庫からミネラルウォーターを二本持って来て、ローテーブルに置いた。
彼がソファに座ったので、私はラグの上に正座した。
「結婚願望……は、あり……ます」
恥ずかしくもなんともないことなのに、なぜか声が小さくなってしまった。
最近、彪さんの前で自分らしくいられない。
仕事では通常運転なのだが、こうして二人でいる時にふと、戸惑ってしまう。
「結婚て、どんなんだろうな」
「え?」
「普通の家庭ってもんを知らないからさ、わからなくて」
彪さんは、私とは違う意味で家族に恵まれなかったと聞く。
金銭的に不自由はなかったが、孤独な未成年時代を過ごしたと。
そう思えば、まやかしでも家族と暮らした記憶のある私の方が、まだ恵まれていたのかもしれない。
その家族が、偽物でも。
偽物……。
「私もよくわかりません。家族だと思っていた人たちは、そうではなかったから。でも、だから、本物の自分の家族が欲しいです」
「そうか……。そういう考え方も、あるな」
彪さんがペットボトルのキャップを捻って開け、勢いよく喉を鳴らして半分ほど飲んだ。
私も口をつける。
『もたもたしてたら、心変わりされちゃうよ?』
ぐびっと喉を鳴らしながら、私は倫太朗の言葉を思い出していた。
わかっている。
私だって、あんな醜態を晒しておきながら自分の気持ちが誤魔化せるとは思っていない。
けれど、こと恋愛に関しては幼稚園児以下ともいえる経験の乏しさから、現状で何をどう言えば正解なのかわからない。
そもそも、彪さんはまだ待っていてくれているのだろうか。
実はもう、私のことなんて好きじゃなかったら……!?
「家族……か。……うん」
彪さんが何か呟いた気がしたが、水を飲む自分の喉の音で聞こえなかった。
それでも、聞くべきだったのだ。
あんなことになる前に。