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満月の夜、空に満天の星が輝く。この田舎町ではそれが当たり前だった。
その綺麗な満月が紅く染まっていく。それは結界が壊れるサインであった。
根の国を守る見えない障壁の周囲を毒の霧が覆い、火炎の渦が包み、強烈な衝撃波が何度も走る。
根の国の空を覆う見えない障壁にガラスのように亀裂が入ると、隙間風のように古びた茅葺屋根が吹き飛び、町の家々を照らしていた提灯や道路を照らしていた石灯籠すら崩れ、飛ばされていく。
歓楽街では避難に間に合わなかった妊婦の花魁が小走りで走るも、衝撃波で吹き飛ばされていた。
見えない空のひび割れの障壁の隙間に入ってきた毒の霧と漏れた炎によって、人々が溶け、炎で容赦なく焼かれていく。
杖を突く老人が毒霧で溶け、夫婦が長女と次男を庇い、無差別に焼かれていく。
【臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前! 結界!】
関所門の前で白衣と緋袴を着た10人の巫女達が九字護身法を唱えながら指を組み、素早く指の形で影絵を作っていくかのように次々と変えていく。巫女達の前には光を帯びた御幣(ごへい)が宙に浮いていた。
巫女達が九字護身法を唱え終わると、空を覆う透明な硝子のような障壁のひび割れを修復していく。
だが、すぐに巨大な山のような九尾狐の火炎の渦とその山を越える八岐大蛇の毒霧と衝撃波によって根の国を覆う結界にヒビが入っていく。
その八岐大蛇と九尾狐の背後には蟻の群れをなすように鬼の影、四足の獣、鳥獣、車輪、人魂、様々な姿の妖魔達が根の国の結界が壊れるのを待っているかのようであった。
その妖魔の数は百万を超えると言われ、人々はその妖魔の群れを百万鬼夜行と呼んでいた。その群れを率いるのは八岐大蛇を総大将に、軍師の九尾狐、武将の酒呑童子を三大妖魔王と名付けられ、人々の脅威となっていた。その3体の妖魔王は知性があるかのように妖魔を先頭で引き連れ、幾つもの国々を滅ぼしていた。
「やはり……私達の力では百万鬼夜行の妖魔に歯が立たない……」
巫女の一人が呟くように言うと、巫女達が絶望的な表情で肩を落とし始める。
絶望的な表情で肩を落とす巫女達に駆け寄ってきたのは巫女の女性達より年齢が下の十五ぐらいの少女だった。彼女は巫女達より鶴の模様が入った豪華な衣装に見えた。その千早という衣装を着た少女が後腰の藻を引きずりながら駆け寄ってきていた。
「何をやっているのです! 結界を張り続けるのです!」
巫女の少女が二本の指を振り払うと、光を帯びた神鏡(しんきょう)が飛んでその前を守るように宙に浮かんだ。
「伊予!? も、申し訳ありません!?」
年長らしい巫女が言う。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前《りん ぴょう とう しゃ かい ちん れつ ざい ぜん》! 結界!」
伊予と名乗る少女は巫女達より早く九字護身法を唱え、素早く印を結んでいた。ひび割れた結界はすぐに修復されるが、九尾狐と八岐大蛇の影が放った炎と毒で再び結界にヒビが割れる。
【臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前《りん ぴょう とう しゃ かい ちん れつ ざい ぜん》 結界!】
今度は巫女達は伊予に合わせて結界を張るが、八岐大蛇の八頭の龍の首が咆哮し、衝撃波と共に硝子のように崩れていく。
巫女達は一斉に耳を塞ぎ、数人が耳から血を流し、倒れる。
「八岐大蛇は結界壊しの霊術、反閇まで使えるんですね……」
伊予は耳を塞ぎながら、苦虫を嚙み潰したような顔をした。
「伊予! もう無理だ! 俺達の命を使え!」
少年の叫ぶ声が聞こえた。
「異界送りを使いましょう伊予!」
勇ましい少女の声も聞こえた。
【伊豆様!?巴 様!?】
巫女達が一斉に声を上げた。
そこに現れたのは同じ千早を着た18ぐらいの少女と18ぐらいの袈裟を着た少年だった。その巫女少女の手には神楽鈴、法師姿の少年は錫杖を持っていた。
「嫌です! 私は伊豆様と巴様も殺したくない! なによりも地球世界の人間が多く死ぬ事になるんですよ! 私に人殺しになれって言うんですか! 臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前《りん ぴょう とう しゃ かい ちん れつ ざい ぜん》! 結界!」
毒の霧が迫り、伊予は九字護身法を唱え、素早く印を結んでいた。見えない壁が毒霧を吹き飛ばしていくが、既に結界はひび割れ、すぐに結界が壊れるのは目に見えていた。
「言う事を聞きなさい伊予! 百万鬼夜行はこの国はおろか、この世界を滅ぼすでしょう……地球世界に災厄を押し付ける事になりますが……地球世界にも妖魔から国を防衛する力があるはずです」
「嫌です! 何の利点があるんです! 百万鬼夜行は元の世界に戻る力があります!」
「天眼で未来を見た……地球世界の人間が死に、その中の転生者から二人の審神者が生まれる。少女は天帝、少年は魔王の命令の指示を受けている。百万鬼夜行の討伐に役立つはずだ」
少年、伊豆が淡々と言う。
「……そんな……審神者を生み出す為にそんな残酷な事をやれって言うんですか……」
伊予は信じられずに首を横に振る。
「伊予、やる事は分かりますね! 生贄にした私達の肉体を地球世界で死んだ審神者の魂を移すのです」
結界が割れ、毒の霧を帯びた八岐大蛇の巨大な頭の一つが伊予達をまとめて飲み込もうとする。
【臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前《りん ぴょう とう しゃ かい ちん れつ ざい ぜん》! 結界!】
その刹那、巫女達の結界が発動して毒の霧と八岐大蛇の首が弾き返った。
「伊予様、生贄を発動してぇ……異界送りを発動させてくだせぇ。私も私達も……死にたくねぇんだ……このままじゃ、おっかぁもおとうも死ぬ! 知らない人より、知っている人の方が大事だぁ」
恐らくは本心ではないだろう。伊予と同じ年頃の巫女の一人が泣きながら言う。
「佳代、あなたは……分かりました……後悔しても知りませんよ……あなた達も同罪ですからね……」
【伊予様!】
巫女達が一斉に叫ぶ。根の国を覆う結界がまたひび割れ、壊れようとしている。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前《りん ぴょう とう しゃ かい ちん れつ ざい ぜん》! 生贄! 並びに……臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前《りん ぴょう とう しゃ かい ちん れつ ざい ぜん》! 異界送り!」
伊予は九字護身法を唱え、素早く印を結ぶと、光を帯びた神楽鈴を投げて宙に浮かべる。そして再び九字護身法を唱え、素早く印を結んだ。
その刹那、伊予の前に毒の霧と八岐大蛇の八の首が迫る。
「消えなさい! 百万鬼夜行!」
伊予の叫びと共に巨大な光輝く五芒星が根の国を守るように包んでいた。
その光輝く五芒星が八岐大蛇と九尾狐を押し返し、巨大な花火のように閃光が弾けた。それは根の国の永遠の夜を昼間にしてしまうほどの明るさだった。