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国雄様 素敵な求婚❤️紫野ちゃんに身の回りのお世話の仕事と話しながらも休日に一緒に出掛ける事もあるしお母さんとシュークリームを食べるかもとか話すし千代にもきちんと挨拶したいとか…まるでお嫁に貰うような感じですね 小さい頃一緒に見た茜色の空 これからはずっと一緒に見ていて欲しいです
紫野ちゃんの前向きさが立派だな👏👏不幸続きだったけど身体は奪われてないしあの叔父達の家から出られた自由もあるもの。 国雄さんの提案が素晴らしいよ💕 紫野ちゃんが安心して生活が送れるように配慮したのと側に置きたい気持ちもあるよね(❁´ ˘`)♡
国雄さんの優しさ、家の旦那にも見習わせたい‼️ 大正時代の男みたいな旦那…ぜぇんぜん違うじゃねーかあ😈
久子が立ち去ると、紫野は申し訳なさそうに国雄に言った。
「すみません……」
「いえ、お気になさらずに。ところで、あの方は?」
「従姉妹の友人で、女学校時代の先輩です」
「従姉妹というのは、現社長のお嬢さんですか?」
「はい。従姉妹は私より一つ年上で、蘭子と申します」
「そうですか……」
国雄は、母親が紹介しようとしていた女性が、その蘭子であるということに気付いた。
「少し立ち入ったことお聞きしてもいいですか?」
「何でしょう?」
紫野はコーヒーカップを静かにテーブルの上に置くと、国雄を見つめた。
その吸い込まれるような澄んだ瞳に、国雄は思わず目を奪われる。
「いや、その……さっき彼女が言っていたことです。すみません、ちょっと気になってしまって」
「町中その噂で持ちきりですもの。気になって当然ですわ」
紫野はもう一口コーヒーを口に含むと、ゆっくりと話し始めた。
「新婚初夜に夫が亡くなったら、誰だってそう思いますよね。たしかにお医者様は、高齢の夫が興奮しすぎて心臓発作を起こしたのでしょうと仰っていました。でも実は私……まだ生娘のままなんです。私たちが夫婦になる以前に、彼はあの世へ旅立ちましたから」
紫野は晴れやかな表情でそう説明した。
国雄はその話を聞いて、ほっとしている自分に気付いた。
「そうでしたか……。でも、何もないところへそんな噂が流れるのは辛いでしょう?」
同情するような国雄の言葉に、紫野は驚いたように顔を上げた。
「辛くなんかないです。やっと自由になれたのですから!」
持ち前の前向きな性格が、ここまで自分を助けてくれるとは、紫野は思ってもいなかった。
これからの道のりには不安も多いが、あの蛙のような気持ちの悪い夫とずっと一緒にいることを思えば、今の方がずっとましだった。だから、紫野は自分のことを不幸だとは思っていない。
晴れやかな表情で微笑む紫野に、国雄は幼き日の少女の姿を重ねていた。
そこには、あの頃と同じ屈託のない笑顔が浮かんでいたので、国雄は思わずふっと頬を緩めた。
そして、紫野に向かって静かに言った。
「ここで提案なんですが……」
その言葉に、紫野がきょとんとした表情を見せる。
「うちで働きませんか?」
紫野は耳を疑った。
(え? 今なんて?)
「そんなに驚かないでください。ちょうど身の回りの世話をしてくれる女性を探していたんです。実は、母がうるさくてね……早く嫁をもらえと毎日のように言ってくるんです。でも、今は仕事が忙しくて結婚など考えている余裕もない。だから、身の回りの世話をしてくれる女性を見つけて、とりあえず母に静かになってもらおうかと思っているんです。どうですか? うちで働いてくれませんか?」
紫野は驚き過ぎて、言葉を失っていた。
「お給金はたっぷり払いますし、住む場所も提供します。もちろん、休日は自由にしてもらって構わないですが、時には私と一緒に外に出てもらうこともあるかもしれません。それもきっとよい気分転換になると思いますよ。条件は悪くないと思いますが、いかがですか?」
(住む場所も用意してくれて、お給金もたっぷりもらえる? こんな素晴らしい条件、他にあるかしら?)
紫野は高鳴る胸の鼓動を抑えながら、必死に考えを巡らせる。しかし、考えなくても返事は一つしかなかった。
「よろしくお願いします」
紫野はそう言って、深々と頭を下げた。それを見た国雄の顔には、自然と笑みが浮かんだ。
「じゃあ、決まりですね。明日迎えに行きますから、荷物をまとめておいてください」
「えっ? 明日ですか?」
「はい。我が家はここから車で10分ほどのところにあります」
「荷物は少ないので、迎えに来ていただかなくても歩いて行けますが……」
「いや、迎えに行きますよ。その千代さんという方に、ご挨拶もしておきたいですし」
「お気遣いありがとうございます」
「じゃあ、コーヒーを飲み終わったら出ましょうか」
紫野は慌てて最後の一口を飲み干し、立ち上がった国雄の後について店を出た。
「今日はお送りします。家の場所を確認しておきたいので」
「すみません……ではこちらです」
紫野が案内しようとした時、国雄は急に何かを思い出したように言った。
「おっと……忘れるところだった。ちょっと待っていてください」
国雄は、紫野を残したまま喫茶店の隣にある洋菓子店へ入っていった。
紫野が不思議そうな顔をして待っていると、紙袋を手にした国雄が戻ってきた。
「シュークリームです。皆さんでどうぞ」
その言葉に、紫野の顔がパァッと明るくなった。
「ありがとうございます。一度食べてみたかったんです」
「はは、それなら良かった。うちに来れば、きっとしょっちゅう食べられますよ。シュークリームは母の好物なので」
「そうなんですか?」
紫野は恐縮しながらシュークリームの袋を受け取った。
それから、二人はゆっくりと千代の家へ向かった。
黄昏時の空は少しずつ茜色に染まり始め、あの日二人で見た棚田の夕焼けを思い起こさせる。
「あの日も、こんな空の色でしたね」
「はい。今でも覚えています」
紫野は微笑みながら答えた。
肩を並べて歩く二人の頭上には、徐々に深みを増し茜色へと染まっていく美しい夕空が広がっていた。