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雪子を自宅まで送った後、俊は自宅へ戻り買って来た食材を袋から出していた。


今日作ろうと思っているのは、レモンクリームのフィットチーネと秋鮭のソテーだ。

それをつまみに軽くワインを嗜むつもりだ。


飲食店プロデューサーの俊は、料理もプロ級の腕前だった。

しかし俊は元々、長野の国立大の理学部で、地質学について学んでいた。

料理とは無縁の世界だ。


大学に入った頃は、教師を目指していた。

大学時代はバイトに明け暮れ、長期休暇にはバイトで貯めたお金で世界のあちこちを旅して回った。

その目的は世界の地層や鉱物を見に行く事だったが、食べる事が好きだった俊は各国の様々な料理を食べ歩いているうちに

『食』に対する興味を抱く。特にイタリアとスペインを訪れた際にはかなりの衝撃を受けた。

それがきっかけとなって今の道へ進む。

そして気づいたら飲食店プロデューサーという仕事をしていた。

今では俊は、その業界の第一人者としての地位を築いている。

人生とはほんのちょっとしたきっかけで思わぬ方向へと進むから不思議だ。


俊は食材を一旦冷蔵庫へしまうと、先にシャワーを浴びに行った。

そしてシャワーを浴びてさっぱりした所で、料理に取り掛かかった。


パスタを茹でる前に、サーモンをハーブ風味でソテーしておく。

生パスタのフィットチーネはくっつきやすいので気をつけながら茹でる。

パスタソースを作る時には一つポイントがあった。

生クリームを一度煮詰めた後、あえて水を加えて元の濃度に戻す。

こうすると、加熱によって生まれるコクとナッツのような香りが、強い酸味のレモン風味をしっかりと受け止めて味にバランス

が出る。

俊はそこへ調味料やチーズを加えて味を調えてから、手際よくパスタを仕上げた。


ワンプレートにパスタとサーモンのソテーを盛り付けてリビングテーブルへと運んだ。

そしてよく冷えた白ワインとチーズも用意する。

ソファーにゆったり腰かけると、俊はグラスにワインを注いで一口飲んだ。


昨夜途中まで観ていた映画を再び再生させる。

続きを楽しみながら、俊は誰にも邪魔される事なく一人での晩餐を楽しみ始めた。


若い頃は一人で食事をしている自分の姿など想像もしなかった。

結婚する前の20代、そして離婚した後の40代は、いつも周りに女達がいた。


しかし50も半ばを過ぎたあたりから、すっかり今のようなスタイルだ。

一人で過ごす夜も悪くはない。

もう若い頃のような女遊びをする時期は終わったのだと思う。

女達からは、束の間の刺激や快楽をいっぱい与えてもらったが、それは永続するものではないようだ。


いつも似たり寄ったりの同じ道ばかりを辿る恋愛にはもう飽きた。


今の俊にはもっと違う何か…具体的にどうとは上手く言えないが、今までとは違う種類の欲求が芽生え始めているような気がする。


それは遠い昔、青春時代に経験したような感覚に近いものだろうか?

汚い世界を知ってしまったこの年代だからこそ、あえてピュアなものを求めている…そんな気がした。


引越しを早めたのは、もしかしたらこの町でその『何か』に出会えるのではないか?そんな期待があったからなのかもしれな

い。


もうじき60代を迎える。先を見据えたらのんびりしている暇はない。

だからこそ欲求に従って素直に突き進んでみようと思ったのだ。

例えその先に何が待ち受けているのかはわからないが、とにかく後悔しないように行動あるのみだ。


そこで俊はグラスにワインを継ぎ足す。


目の前に映る映画は、60代の男女の恋模様を描いたものだ。

60代の有名映画監督が、若き20代のガールフレンドと、たまたま出会った60代の女性脚本家の間で揺れ動くというラブストー

リーだ。

プレイボーイで有名な男性は、今まで若い女性との恋愛ばかりを楽しんできた。

そしてある日気付く。自分がなぜ若い女性ばかりを選ぶのかを。

その理由は、自身の『老い』を受け入れたくなかったからだった。

それに気づいた男性は、いつも傍にいた仕事のパートナーの女性脚本家へ意識を向け始める。

二人は同年代だったので、意外とウマが合った。


映画の終盤で男性はこう言った。


『激動の時代を一緒に生きてきた君だからこそわかり合える気がするんだ。この先、僕の隣にいる未来を思い描いて欲し

い…』


俊は印象的なそのセリフを、嚙みしめるように何度も心の中で呟いた。

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