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#勧善懲悪
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翌日、ズジが息を切らして工房へ飛び込んできた。肩から下げた鞄の中で、メモ帳と小型の録音機がぶつかって音を立てている。
「見た」
「何を」
「黒い名刺、配ってる男」
サペとエリアが同時に顔を上げる。
ズジは無料冊子の取材で商店街の裏通りを歩いていた時、背広姿の男が、悩みを聞く相談係のような顔で人に近づくところを見たという。
「ずっと笑ってた。白い歯が無駄にきれいだった」
「顔まで腹立つ情報ありがとう」
エリアが言うと、ズジはうなずいた。
「ありがとうはいらない。で、その男、名乗ったの。テオハリ」
その名を聞いたスレンが、衣装店のカーテンの陰からひょいと顔を出した。
「なら、私が行く」
今日は淡い色のワンピース姿だったが、その目は仕事の時の速さになっている。
「顔覚えられてない?」
サペが聞く。
「こういう時のために服があるの」
数時間後、スレンは別人みたいな姿で戻ってきた。落ち着いた色のスーツ、短くまとめた髪、硬い口調。男にも女にも見える、不思議な変装だった。
「当たり」
彼女は椅子へ腰を下ろすなり言った。
「テオハリ、商店街のはずれで相談会ってのを開いてる。言葉は優しい。でも聞いてる中身が最悪」
家族の不仲、借金、片思い、受験の失敗、店の売り上げ。
相談に見せかけて、人の急所を集めている。
「で、相談した相手に後から連絡が来る。叶えたい願いがあるなら、少しだけ誰かの秘密を差し出してください、って」
「最悪の上塗りだな」
サペが低く言う。
スレンは小さな紙袋を机に置いた。中には黒い名刺が三枚、整った形で入っている。
「もらってきた」
「普通にもらえたの?」
「悩んでるふりしたら、にこにこでくれた」
エリアが名刺をひっくり返した。
「うわ、本当に趣味悪い」
ズジはメモを開く。
「相談した人、何人か追えそう。でもみんな、自分がしゃべったことを外へ出したがらない」
「恥ずかしいから」
サペがつぶやく。
「恥ずかしいし、怖いの」
エリアが続けた。
「だから向こうは強い」
その時、スレンがもう一枚、別の紙を出した。
名刺ではない。洒落た案内状だった。
透羽市再生説明会
主催 眩しい箱
サペの指先が止まる。
黒い名刺の向こうに、ようやく名前が見えた。