テラーノベル
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紫野を見つめながら、国雄は彼女と初めて出逢った日の記憶を辿っていた。
(あれはアメリカへ渡る前だから、11……いや、12年ぶりか……)
大きな瞳、愛らしい口元、そしてその左下にあるほくろを見た時、一瞬であの少女だと分かった。
少女は、想像以上に美しく成長していた。
透き通るような肌に艶やかな黒髪。幼い頃肩まで下ろしていた髪は、今はきっちりと結い上げられている。
滑らかな白い肌に映える桃色の唇が、年頃の女性らしい色香を漂わせている。
おそらく彼女とすれ違えば、どんな男性でも振り返るだろう。
しかし、その華やかな美貌とは裏腹に、彼女はくすんだ紫色の地味な着物を纏っていた。
棚田で見た、華やかな茜色の着物を着た少女は、もうそこにはいない。
身体からにじみ出る育ちの良さは変わらなかったが、どこか自信のない表情をしている。
天真爛漫だったあの頃の少女の姿はすっかり消え失せ、同世代の娘たちが持つ勝気な雰囲気も見当たらない。
一体何が彼女をこう変えたのだろうか。
彼女を見つめる国雄の胸に、静かな痛みが広がった。
(両親を同時に失い、伯父夫婦にも家を追い出され、挙句の果てに年老いた金貸しの男に嫁がされるとは……なんと不憫な……)
その時、紫野はくるりと踵を返し、町役場を後にした。
国雄は慌ててその後を追う。
人混みを避けながら、紫野は商店街の端を歩いていった。その歩き方は、まるで自分の存在を消すかのように見えた。
しばらく進んでいくと、彼女は最近できた店の前で足を止めた。
その店は、この町に初めてできた洋菓子店だった。シュークリームで有名なその店は、国雄の母もお気に入りで、彼も何度か立ち寄ったことがある。
紫野はしばらく店のショーケースに並ぶ美味しそうな洋菓子をうっとりと見つめていた。
その時、同年代の女性二人組が彼女の横をすり抜け店に入っていった。
紫野は羨ましそうに女性たちを見つめた後、小さくため息をついて再び歩き始めた。
その様子を見ていた国雄は、歩く速度を速め彼女の後ろに歩み寄ると、洋菓子店に隣接する喫茶店の前で声をかけた。
「おたまじゃくしは、ちゃんと蛙になったかな?」
低く力強い声が辺りに響き、道行く人たちが一斉に振り返る。紫野も驚いて振り返った。
そして、国雄の姿を目にして、さらに驚いた表情を浮かべた。
間近で見る彼女は、息を飲むほど美しかった。
遠目で見た時よりもさらに華奢で儚げで、誰かが支えてあげないと今にも消え失せてしまいそうだった。
「あ……あなたは……」
紫野は目の前の男性が誰なのかすぐに分かった。
長い間恋焦がれていた憧れの人が目の前に立っている。
その驚きで、紫野は信じられない思いで、胸が高鳴り始めた。
かつて謙虚で優しかった青年は、すっかり自信に満ちた大人の男性へと変わっていた。
紫野が驚いて何も言えずにいると、国雄は優しい笑みを浮かべてもう一度尋ねた。
「ちゃんと蛙になった?」
紫野は慌てて少しうわずった声で答えた。
「はい、ちゃんと蛙になりました。黄緑色の小さなアマガエルに……」
そのはにかんだような笑顔には幼い頃の面影が残っていたので、国雄は思わず頬を緩める。
「そうか、それはよかった」
「あの時は、ドロップ缶をありがとうございました」
「どういたしまして! で、蛙はその後どうなったの?」
「今はうちの庭……ではなく、伯父の家の庭で元気に暮らしていると思います」
紫野の表情が暗くなったことに気付いた国雄は、再び胸が痛んだ。
「それなら、きっと子孫が沢山増えているだろうね。ところで、今、時間はある?」
国雄の言葉に、紫野は意味が分からずきょとんとした。
「再会を祝して、コーヒーでも飲んでいきませんか? ちょうど目の前に喫茶店もあるし」
国雄の申し出に、紫野は少し戸惑いながらおずおずと口を開いた。
「え? 私と?」
「もちろん。ご馳走しますよ」
少し前、この町に洒落た喫茶店ができたことを紫野は知っていたが、まだ一度も訪れたことはない。
二人はちょうどその喫茶店の前にいた。
「あ、ありがとうございます」
「じゃあ、行きましょうか」
そう言って、国雄は喫茶店の入口へ向かった。
コメント
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おたまじゃくしは蛙になりましたか?なんて2人にしかわからない話題だよね。 粋な声のかけ方に、グッと来た。
12年ぶりの再会素敵です✨💕 運命の再会ですね✨✨ 国雄さんのスマートなお誘い素敵過ぎるーー💓国雄さん、傷ついた紫野ちゃんを癒して自信を取り戻してあげてください😭喫茶店デートワクワクです😍
紫野ちゃんは増々キレイに成長してたのね。なのに不幸続きで苦労ばかりだった。。 その背景を国雄さんをこの時点で知ってた。 奇跡と感動の再会( ・ ・̥ )♡ これからは紫野ちゃんに幸せな甘い時間を堪能させてください💗