テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
――その頃、首相官邸・指令室
リヴァンの前に浮かぶ大型ホログラムには、ギル・グラギラスの視界がリアルタイムで映し出されていた。瓦礫の中でスメラがラッセルを介抱している。その前へ身を投げ出すようにカーンが立ち、銃口をグラギラスへ向けていた。
映像の隅には、冷たい文字列が点滅する。
【組織損傷率:63%】
【エネルギー反応:変動】
【警告レベル:黄】
リヴァンは端末へ素早く指を滑らせ、回復エネルギーの供給と防御プロトコルを起動した。
「自己修復を優先しろ」
蒼白い光がホログラムを走る。
そして、リヴァンは静かに命じた。
「まずは裏切り者のカーンを始末しろ」
冷たい声が続く。
「次にラッセル。そして最後に、スメラだ」
命令は、想念波としてグラギラスへ送信される。
ホログラム上には標的識別マーカーが現れ、赤い照準がカーンを捕捉した。
だが、その瞬間だった。
視界が激しく揺らぐ。
ノイズが走り、映像が歪む。
赤い照準は、ゆっくりとカーンから外れた。
「……何?」
リヴァンの眉がわずかに動く。照準は迷うように揺れ続け、やがて吸い寄せられるようにスメラで止まった。
カリムは息を呑む。
「命令系統が……乱されている?」
ホログラムの奥で、グラギラスの赤黒い単眼が、不気味に脈動した。
「なぜ、そちらばかりを……?」
カリムがリンク強制信号を送る。しかし無反応。
赤黒い双眼が脈打ち、捕食者の意志が宿る。ラマズドが小さく呟いた。
「……“感情”を解釈して、標的を再編しているのか?」
「それでも、お前は私の“武器”だ。私の“影”であれ。しぶとい、カーンから、先ず始末する……!」
だがギル・グラギラスは命令を拒絶するように視線を逸らし、ゆっくりとスメラへ向かって動き出す。
「これでは真の裁きを私の手で下せぬ……“贖罪”にならん!」
次の瞬間、リヴァンは頭を抱え呻いた。
「ぐっ……うぅ……!」
「リヴァン様!」
秘書官マラーが肩を支え医療班を呼ぶ。
脳波リンク装置が頭部から外れリヴァンの意識は深い闇へと沈んでいった。
脳裏に蘇る――あの日の光景。
スメラのロッドが閃き、頬を焼いた衝撃。
「リヴァン!」 と叫ぶ声とともに、視界が赤黒く揺れた。
その記憶に、闇が滲み込み、囁きが覆いかぶさる。
≪屈辱を忘れるな。女に打ち倒されたあの瞬間を思い出せ。
憎め。怒れ。その痛みを力に変えろ。お前は王となるのだ……≫
毒のような声が意識に絡みつき、やがて別の記憶すら侵食していく。
――ギン、と鳴る剣。ラッセルの真っ直ぐな眼差し。
その光景までも闇に染め上げられ、再び囁きが重なった。
≪裏切られたのだ。友情も理想も|欺瞞《ぎまん》にすぎん。
怒りを解き放て。すべて壊し、お前は王となるのだ……≫
リヴァンの瞳に赤黒い光が走り、感情の色がじわじわと消えていく。
「リヴァン様!?」
マラーは恐怖に息を詰まらせながらも手を伸ばした。
だが次の瞬間、無表情のリヴァンに無造作に突き飛ばされる。
制御室に重い沈黙が落ちた。
リヴァンは機械のように立ち上がり、脳波リンクを再起動させる。
そこにいるのが“リヴァン”なのか、“別の何か”なのか、もはや誰にも分からなかった。
「感情波形:過剰活性/通信遅延:0.23sec/脳波負荷:臨界接近! 長官、予測を超えています!」
カリムが声を震わせる。
「単なる“感情のなぞり”ではありません。ギル・グラギラスがリヴァン様の感情を独立に……再演算している!」
ラマズドの顔色が変わる。
「つまり、感情を“解釈”し、独自に行動を選んでいる……」
そのとき、マラーが叫ぶ。
「リヴァン様の顔が……赤黒く変色している!」
「正気にお戻りください!」
マラーが肩を掴む。
「邪魔だ! どけ!」
突き飛ばされ、マラーが床に崩れた瞬間、警告灯が赤の常時発光に変わる。
【脳波負荷:臨界超過】
【リンク制御不能】
【オートセーフティ解除不能】
「リヴァン様の感情エネルギーが大きすぎる! リンクが……切れる! ギル・グラギラスが……!」
ホログラム内の視線がはっきりとスメラへ傾く。
赤黒い輝きが獣のように呼吸し低い唸りが通信越しに滲んだ。
その瞬間、ラッセルを介抱していたスメラは、背中に“視線”を感じて振り返った。同時に、ラッセルも何かを察し顔を上げた。リヴァンの感情を再解釈し、独立演算を始めたギル・グラギラスは、主の意思に背き動き出した。
赤黒く脈動する双眼は、獲物を捉えた捕食者のように、スメラから一瞬たりとも離れない。
(視られている……!)
氷の棘のような感覚が、スメラの背筋を突き抜けた。
胸が締めつけられ、呼吸が一瞬止まる。
(死が来るわ……)
ラッセルを支えていた腕が思わず止まり、彼女は恐怖に導かれるように振り返った。
その刹那、ギル・グラギラスが動いた。
次の瞬間、空気を裂く音。
鱗の刃が、無数の流星のようにスメラを目がけて殺到した。
「スメラ!」
ラッセルが彼女の名を呼ぶと同時に、奥の闇から甲高い咆哮が響いた。
それは嘲笑にも似た悦び。獲物を嬲る捕食者の嗤いだった。
「誰にも……触れさせるかよッ!!」
カーンが飛び出す。
エルフエナジー・ショットガンを連射し、
光の奔流が鱗の群れを迎え撃った。閃光と爆音が洞窟を満たす。
その中を、ラッセルは呻きながら身を盾にしてスメラを抱きかかえ、
爆ぜる光の奔流を駆け抜けた。
傷口が裂ける痛みに顔を歪める彼の横顔が、スメラの目に焼き付いた。
背後では、ただ一人カーンが閃光と轟音に呑まれながら、
なおも鱗の群れを撃ち落とし続けていた。
ラッセルは辛うじて洞壁の影に身を滑り込ませ、
スメラを鍾乳石の裏へと隠す。
スメラを岩肌に預けると、
腕と背中には無数の赤い線が走り血がじわりと滲み出した。
ラッセルは背負っていた布製のカバンを開け、
青白く光る小瓶と、刻んだ薬草を包んだ布を取り出す。
エルフエナジー拮抗剤とケロイド化を防ぐ癒しのリーフ草。
「沁みるぞ。我慢してくれ」
薬草を水に浸し、掌で潰してスメラの傷口に塗布する。
血と混じった液体が淡い緑に染まりじわじわと発光した。
スメラは眉をわずかにしかめるだけで、声を上げなかった。
傷口は塞いで元に戻ってゆく。
スメラのまつ毛の震えが、恐怖を押し殺す強さを物語っていた。
彼の命を削ってまで守られている。
その事実が、恐怖よりも重く心を締めつける。
(私はまた、何もできないまま失うの? 違う……!)
スメラは唇を噛み、震える手を膝の上で握りしめた。
(今度こそ……。
私も戦う。守られるだけじゃない。絶対に……!)
「ありがとう、ラッセル」
感謝の言葉は、決意を覆い隠すための小さな仮面だった。
彼は答えず、洞窟の奥を睨み据える。
「礼はいい。あいつが……次を仕掛けてくる」
スメラは鍾乳洞石の影から、そっと外の様子を窺った。
闇に潜むギル・グラギラスが、赤黒い体表を波打たせながら、
ゆっくりと口角を吊り上げる。
その双眼は、ラッセルでもカーンでもなかった。
ただ、鍾乳洞に隠れたスメラを射抜いている。
まるで、この世界に彼女しか存在しないかのように。
「なぜ……私を……」
呻くように漏れた声が、やがて強く結ばれる。
(そうか……。あの“赤黒い目”の憎悪が、私に向けられている……! なら、逃げるわけにはいかない!)
スメラは鍾乳洞石によじ登り、震える指先で弓弦を引き絞った。光の矢が唸りを上げ、闇を裂いて一直線にギル・グラギラスの胸を目がけて飛ぶ。
しかし――。
甲高い金属音が洞窟に弾け、矢は鱗に触れた瞬間、無惨にも弾かれた。
火花のような光が散り、砕けた矢片が虚しく地に落ちる。
「効かない……!」
息が乱れる。全身が凍りつくような感覚に支配される。
それでも、スメラは歯を食いしばり、膝を震わせながらも立ち続けた。
「私は、諦めない。何度はじかれても……絶対に!」
再び、弦を引き絞り、彼女は矢を解き放つ。
放たれた光矢は、ただの武器ではなかった。
恐怖を越えた決意とまだリヴァンを信じる心を乗せて、
矢は一直線に飛び、ギル・グラギラスの胸部コアを貫いた。
瞬間、赤黒い体表が波打ち、洞窟を揺るがす咆哮が轟く。
――その頃、首相府官邸の指令室。
焦げた臭いが充満し警報灯が赤い閃光を繰り返していた。モニターに映るギル・グラギラスの波形が激しく乱れ、不規則なノイズを撒き散らしていた。
「脳波が……スメラの矢と同期して乱れています! 崩壊パターンに入った!」
カリムが叫ぶ。
同時に、リヴァンの身体が、がくりと揺れた。蝕んでいた赤黒い眼の意識が、一瞬だけ吹き飛ばされたのだ。
「僕が、あのとき……母さんを助けられなかったから……」
リヴァンの口から零れたのは、狂気ではなく幼子のような後悔の声だった。ラマズドは薄く笑みを浮かべる。
「私はリヴァン様の承認を得て、人体にエルフエナジー鉱石から抽出した放射線を照射し、赤黒い眼を制御する研究を進めてきた。結果、眼は力を増した。だが、それでいい。進化には常に代償が伴う。人間など、その燃料にすぎん」
ラマズドは更に言葉を続けた。
「科学は止まらない。倫理は進化を縛る鎖にすぎない。必ず、遺伝子編集か、AI制御、最新の科学技術を用いて制御法を完成させる。世界を統一できるのはリヴァン様だけだ。犠牲はすべて過程にすぎない」
そのとき、リヴァンの内面に幼い記憶が蘇る。
自分をかばって死んだ母の瞳。その光と、スメラの瞳が重なっていた。
ほんの一瞬、赤黒い瞳に揺らぎが走り、
赤黒の奥にかつての英雄を思わせる青白い光がきらめいた。
ギル・グラギラスの赤黒い瞳も、リヴァンと同期して一瞬、青白くなる。
その光を感じ取ったのは、スメラだけだった。
(……今、確かに、ギル・グラギラスの中にリヴァンがいた。まだ……救える。赤黒い眼に呑まれても、彼は完全に消えてなんかいない!)
リヴァンの唇がわずかに動く。
「もう……弱さはいらない。涙も、迷いも……」
そこに、再び、闇から低い声が重なった。
≪そうだ、リヴァン。我と共に世界に力を示せ!≫
その瞬間、瞳の青白い光は塗り潰された。
赤黒い闇が瞳を覆い尽くし、狂気の煌めきへと変わる。制御室に、重い沈黙が落ちた。
カリムは息を呑んだ。冷たい汗が、背中をゆっくりと伝っていく。
「これが……、本当に“制御”なのか……?」
呟きは、誰にも届かないほど小さかった。
その隣で、ラマズドはまるで芸術作品を鑑賞するかのように、満足げな眼差しを向けていた。
「見ろ。まだ改善の余地はある」
ラマズドの口元に、歪んだ笑みが浮かぶ。
「だが、これこそがリヴァン様が“進化”している証明だ」
その言葉に、カリムの胸がわずかにざわめいた。
「犠牲もまた、進化の糧となる」
ラマズドはギル・グラギラスを見つめたまま、淡々と言葉を続ける。
「カリム。マルヴィンと共に、赤黒い眼の暴走を制御させる研究を進めるのだ」
「……はい」
「それさえ完成すれば……」
ラマズドは、ゆっくりと口角を上げた。
「我々は、リヴァン様の力を完全に掌握できる。いや、リヴァン様をコントロールできるかもしれん」
カリムの指先が、わずかに震えた。
ラマズドに気づかれぬよう、強く拳を握り締める。カリムはただ黙って、目の前の光景を見つめていた。
地下迷宮
赤黒い双眼がふたたび閃く――。
次の瞬間、ギル・グラギラスの咆哮が洞窟を震わせ、全身から剥離した金属のような鱗が、宙に浮かび、スメラへと照準を合わせていく。
「カーン! もう待てない、連携で決めるぞ!」
ラッセルが怒声を上げた。
カーンは即座にうなずく。
「ああ。“地雷原”の時みたいに、右を|囮《おとり》、左から刺す!」
ふたりは、かつて命を預け合った戦場の戦術を即座に再現する。
互いに言葉はいらない。アイコンタクトだけで、呼吸が合った。
カーンが正面から飛び出し、ギル・グラギラスの注意を引きつける。
「こっちだ、この化け物が!」
鱗の刃が一斉にカーンへと殺到する。
だが彼はジャケットを脱ぎ捨て、ダミー装甲を展開。
ライフルにエルフショット弾を込め連射した。
炸裂する翠色の光弾がグラギラスの躯体を撃ち巨体がよろめく。
凶鳴のような咆哮が鍾乳洞を震わせながらこだました。
その瞬間。スメラが叫んだ。
「ギル・グラギラス! あなたを、赤黒い闇から救ってみせる!」
スメラの放った矢が、眩い光を帯びて空気を裂いた。
矢はギル・グラギラスの胸部をかすめ、その奥にある“感情核”へ共鳴するように突き刺さった。
巨体が、一瞬硬直する。次の瞬間、躯体が大きく揺らぎ、赤黒い光がわずかに明滅した。
「今だ、ラッセル!」 カーンの叫びが、鍾乳洞に響き渡る。
ラッセルはスメラをかばいながら横へ滑り込み、銀の剣を構えた。
鍾乳石の頂に立ち、ラッセルは剣を高く掲げる。
「ギル・グラギラス……」 祈るように、言葉を紡ぐ。
「今、我が剣に込めた想いで――リヴァンの呪いからお前を解き放ち、風と共に還す!」
次の瞬間。銀の剣から、翠色の旋風が解き放たれた。
ラッセルは跳躍する。風に押し上げられるようにギル・グラギラスの脇腹へ飛び乗り、その巨体を螺旋状に駆け上がっていく。翠色の疾風が背を押し、彼の軌跡を鮮烈に染め上げた。
「――終わりだッ!!」
叫びとともに、銀の剣を振り下ろす。
狙いは――頭部中央。
そこに赤黒く脈打つ、もう一つの“感情核”があった。
刃が深々と食い込んだ――刹那。
翠風の閃光が、鍾乳洞を一気に駆け抜けた。
轟音――。
地底世界そのものが震えた。
鍾乳洞の中央に、まばゆい光柱が立ち昇る。
それは“共鳴の呪い”に終止符を打つ一閃だった。ギル・グラギラスの巨体が激しく痙攣する。
「グオオオオオオオオッ――!!」
断末魔の咆哮が地底世界を揺さぶった。赤黒い鱗が、次々と剥がれ落ちていく。
体表に無数の亀裂が走った。その隙間から、翠色の光と黒煙が噴き出す。
鍾乳洞の壁が軋み、地の底から大きな地鳴りが響き渡った。
「ラッセル! 戻れ!!」 カーンが叫ぶ。
噴き出した黒煙の反動で吹き飛ばされたラッセルを、カーンが間一髪で引き寄せた。
その直後光と黒煙に包まれたギル・グラギラスの躯体が、足部から光の粒子へと変わり始めた。
粒子は次々と空中へ舞い上がり、やがて頭部までもが光へと変わっていく。
まるで風に溶けるように――。
ギル・グラギラスという存在そのものが、静かに世界から消えていった。
最後に残った双眼の輝きが、ほんの一瞬だけ青白く揺らめく。
それは、リヴァンの残光なのか。それとも、ただの錯覚なのか。
やがて、その光さえも音もなく崩れ、消えた。
周囲は、静寂に包まれた。
地面に落ちた鱗片が、ひときわ強く光ってかすかに震える。
しかし、それもすぐにふっと消えた。
洞窟は、完全な沈黙に包まれた。
ラッセルは剣を握ったまま、荒い息をついていた。
カーンは銃口を下ろし、暗い闇を見つめている。
スメラは、ただ立ち尽くしていた。
(確かに見たわ……)
(あれは、錯覚などではない……)
(赤黒い闇に覆われていたギル・グラギラスの双眼に宿った、青白い輝き……)
(あの眼は、かつてのリヴァンの瞳と、同じだった……)
(理想を語り、民を想い、未来を見つめていた頃の、澄んだ瞳)
スメラの胸が、強く締めつけられた。
(リヴァン……)
胸の奥で、確かな想いが込み上げる。
(赤黒い闇に覆われていても、その奥には、まだあなたがいることを信じるから……)
首相官邸 制御室
ホログラムに映し出されていたギル・グラギラスの戦闘映像が、
音もなくブラックアウトする。
警告音だけが響いていた指令室に唐突な沈黙が訪れた。
「リンク、断絶……?」 カリムがかすれた声でつぶやく。
「違う……これは……」 ラマズドが唇を噛み、目を伏せた。
リヴァンの体が、椅子ごとぐらりと揺れる。
「リヴァン様ッ!」
マラーが駆け寄るが、彼はそのまま前のめりに崩れ落ちた。
頭部に装着されていたリンク装置が床に転がり、乾いた音を響かせる。
端末に残された脳波モニターは、荒く揺れたのち、
やがて微かなうねりを残し、ほとんど平坦に近い線へと収束していった。
それは、深い昏睡に陥った者の静かな沈黙だった。
カリムは、誰にともなく小さく呟いた。
「おそらく……強すぎたのだ。
リンクを通じ、崩壊するギル・グラギラスの強すぎる念波エネルギーが逆流し、
彼の意識を崩壊させたのだろう」
マラーは表情をこわばらせながら即座に医療班を呼び出した。
警告灯が赤から橙へと切り替わり、医療班が駆け込んでくる。
白衣の隊員たちがリヴァンを担架へ移し、
慌ただしく生命維持装置を装着していった。
「心拍数、低下しています!」
「脳波は……フラットに近い! 安定処置を急げ!」
透明な酸素マスクが口元に当てられ、エルフエナジー照射点滴が注入される。
そのたびにリヴァンの体がわずかに痙攣したが、すぐに沈黙へと戻った。
「閣下をお救いしろ! 一刻の猶予も許されん!」 マラーは必死に声を張り上げる。
医療班が次々に応急処置を施す一方で、ラマズドは腕を組み冷ややかな視線でその様子を見下ろしていた。
「まるで、……閣下の王国が崩れ落ちるようだな」
低くつぶやくその声音には、焦りと同時にどこか計算の色が混じっていた。
マラーが険しい目を向ける。
「兄上、今は皮肉を言っている場合ではない!閣下は新しい秩序の上に築くための大黒柱だ!
忘れたのか! 我が一族は、カイザ家に恩義があることを!」
「承知している。だが、万が一、柱が倒れたとき、誰がその空白を埋めるのか。今はそれを考えねばならん」
ラマズドは伏せた目の奥で、別の未来を描いていた。
「兄上……それは、リヴァン様を裏切ることでは」
「いや、違う! リヴァン・カイザの志を継ぐ者として、誰が適任かということだ」
「兄上……」
マラーの声は、怒りとも焦燥ともつかぬ響きを帯びていた。
そのとき、担架に横たえられたリヴァンの瞼がかすかに震えた。
赤黒い光がその奥で一瞬だけ脈打ったように見えた。
だが誰も、それに気づく者はいなかった。
そして指令室を支配したのは、すべての音を奪ったかのような沈黙だった。
コメント
1件
スメラの矢に「まだリヴァンを信じてる」って想いが乗ってたのが刺さりすぎて泣けた…!赤黒い眼の奥に青白い光が見えた瞬間、ほんとに救われた気持ちになったよ。ラッセルが傷だらけで身を挺して守るシーンもカッコよすぎ😭 最後の昏睡からの赤黒い瞳の伏線、続きが気になりすぎる!
#恋愛
ばたっちゅ
20,045
桜城
308
#ファンタジー
comi
4,711