テラーノベル
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その夜、ルナ・マグのカウンターには、片づけ途中のカップが二つ並んでいた。窓の外の雨は上がり、岬の灯台だけが静かに点滅している。
ディアビレは布巾でカップの縁を拭きながら、何度も言いかけては飲み込んでいた言葉を、とうとう口にした。
「前から気になってたんですけど」
「何を」
「その、惜しいっていうの」
ジナウタスがミルを止める。豆が最後にひとつ、からりと鳴った。
「またその話か」
「またです。聞く権利はあります」
彼は少し考えるように視線を落とし、それから素直に答えた。
「おまえは本音を半分で止めるだろ」
ディアビレは布巾を持つ手を止める。
「怒ってるのに笑う。痛いのに平気だと言う。嬉しいくせに、先に困ると言う」
淡々と並べられるたび、図星が増えていく。
「そのたびに、惜しいと思う」
ディアビレは思わず目をそらした。夜の喫茶室でそんなふうに核心をつかれると、逃げ道が薄い。
「じゃあ、今は」
自分でも少し無謀だと思いながら聞くと、ジナウタスは珍しく間を置いた。コーヒーの香りが、沈黙を余計に濃くする。
やがて彼は、視線を上げる。
「かなり危ない」
「何がですか」
「俺の方が」
一瞬、意味が遅れて届いた。ディアビレの頬が熱くなる。手にしていた布巾を落としそうになり、慌ててカウンターに置いた。
「そういう言い方、ずるいです」
「本音を半分で止めてないだけだ」
言い返せない。悔しいのに、胸の奥では別のものがほどけていく。
ディアビレは顔を隠すようにカップを持ち上げ、小さく言った。
「……惜しくないように、練習します」
するとジナウタスは、いつものぶっきらぼうな声のまま、ほんの少しだけやわらかく返した。
「ゆっくりでいい」
静かな夜に、その一言だけがずっと残った。
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