テラーノベル
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手を伸ばされた瞬間、背中の皮膚がじわ、と焼けるような感覚がした。
優しさの気配に、反射で拒絶する。
でも、それはきっと、目に見える動きにはならなかった。
「……あのさ、さっきのこと、気にすんなよ」
日下部の声は、いつもどおりだった。
少し低くて、ちょっとぶっきらぼうで、
でも、その裏に何かを押し殺してるのが、わかってしまう声。
やめろ。
そういう声を出すな。
そんな目で、見るな。
そんな言葉を、俺に使うな。
けど遥は、黙っていた。
「やめろ」と言う言葉すら、自分には重すぎた。
日下部が何を考えているかは、
わからなかった。
でも、わかろうとしていることだけは、伝わってきた。
それが、
怖かった。
何も知らない方がいい。
近づかない方がいい。
それでも来ようとするなら――
壊したくなる。
心のどこかで、そう感じていた。
自分が抱えてきたものを、
こいつが覗いたら、
その瞬間にすべてが腐ってしまえばいいのに。
腐らせてしまえば、もう来ない。
あきれて、軽蔑して、踏みにじって、
それでも信じ続けようとするなら、
壊せばいい。
そうすれば、
俺は、楽になる。
「……日下部ってさ、変だよな」
声に出してしまってから、
その言葉の刺に、自分で気づく。
日下部が少し驚いたように目を瞬く。
それも見てしまう。
「何が?」と訊き返される前に、
遥は続けた。
「……俺のこと、気にする意味ないのに」
「めんどくさいだけだろ。近づいたって、なんもねえよ」
言いながら、
胸の奥に小さな熱があった。
自分が、
こいつを壊しにいっている自覚。
それが、
嬉しいわけでもなく、
悲しいわけでもなく、
ただ、楽になれるような気がした。
日下部が立ち止まった。
その顔には、怒りでも戸惑いでもなく、
ただ、何かを押し込めようとする痛みがあった。
それが最も、
遥にとっては「破壊したくなる表情」だった。
その顔を見ると、
喉がひりついて、
殴られているような感覚になる。
わかるか?
お前みたいなのが一番怖いんだ。
俺みたいな奴にとって、
そうやって「何かを信じてるやつ」が、
一番残酷なんだよ。
「……それでも、俺は信じるけどな」
日下部は、静かに言った。
その言葉の意味が、遥の中にずしんと落ちる。
そして、崩れそうになる均衡に、
自分の内側で「壊せ」と叫ぶ声が響いた。
やめろ。
やめてくれ。
壊させるな。
でも、同時に、壊したい。
遥は笑った。
表情にならない笑い。
自嘲でも、拒絶でも、媚びでもない、ただの「破壊の兆し」。
その笑顔を見て、日下部は黙った。
ふたりの間に、
風が通った。
何も起きなかった。
けれど確実に、
なにかが「ひとつだけ」壊れかけていた。
遥は、それでいいと思った。
それしか、
できなかった。
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