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写真館からの帰り道、港の石畳は夕方の潮で少し濡れていた。オラシオが別件の取材へ向かったあと、ディアビレとジナウタスは岬へ続く坂を並んで歩いた。隣にいるのに、さっきから会話が少ない。
先に口を開いたのはディアビレだった。
「今は、って何」
ジナウタスは前を見たまま答えない。代わりに、坂の途中で止まり、海の方へ視線を向ける。夕陽が水平線のきわに沈みかけていた。
「名乗ると面倒な家がある」
ようやく出た言葉は、それだった。
「面倒、で済ませるんですか」
「済ませたくないから黙ってる」
いつもより少しだけ硬い声だった。ディアビレはエプロンのポケットに手を入れ、写真の角が折れていないのを確かめる。
「私には言えない理由?」
「おまえを巻き込みたくない理由だ」
その返しが、ずるいと思った。守るための距離を、そんな顔で言われたら責めにくい。
岬の上まで戻ると、ホテル裏手の物置近くでゲティが煙草も吸わずに立っていた。二人を見るなり、妙に事情を知っていそうな顔をする。
「聞いたか」
「少しだけ」とディアビレ。
ゲティは肩をすくめた。
「名乗れないほど面倒な家なんだよ。古い看板と古い名字を抱えてると、本人の都合で静かに働けない」
「ゲティ」
ジナウタスが低く咎めると、彼は両手を上げた。
「はいはい。全部は言わない。ただ、こいつがここに戻った理由は、金じゃない。そこだけは信用していい」
夕風が三人のあいだを抜けていく。ディアビレは黙ってジナウタスを見た。彼は視線を受け止めるが、やはり最後の一歩は語らない。
「……惜しいですね」
思わずそう言うと、彼の眉が少しだけ動いた。
「何がだ」
「本音を半分で止めるところ」
今度、黙ったのはジナウタスの方だった。
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