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翌日のシェルターは、前日より少しだけ人の気配があった。
入口の蝶番に油がさされている。床の隅の砂も掃かれていた。モルリはそれを見つけるなり、にやにや笑った。
「来る気ない人の仕事、丁寧すぎない?」
サベリオは答えず、脚立を開いた。裸電球の交換くらいなら、人前に出る話ではない。
そこへ、長い木材を肩に担いだミゲロが現れた。
「床、何枚か替える」
第一声がそれだった。再会の挨拶らしいものはない。だが、そのぶっきらぼうさがかえっていつも通りで、モルリは嬉しそうに拍手した。
「ほら来た! 無言で助ける人!」
ミゲロは肩をすくめ、床板の沈む箇所を足先で確かめていく。
続いてホレが大きな紙袋を抱えて入ってきた。中にはメモ帳、紐、雑巾、養生テープ。誰が頼んだわけでもないのに、必要そうな物ばかり揃っている。
「とりあえず連絡先を書いて。来る人、来ない人、途中でいなくなる人、整理しないと始まらないから」
「開始五分で仕切り始めた!」
「モルリが仕切ると散らかるでしょ」
そのあとから、ヌバーの大きな声が近づいてきた。
「諸君、お待たせしました! 町いちばんの名司会、復帰!」
「誰も待ってない」
ホレの切り返しに、ヌバーは胸を押さえて大げさによろめいた。それでもへこたれず、シェルターの中央へ立つと両手を広げる。
「では宣言します。橋の下の――」
「まだ早い」
サベリオが言う。
「言わせてよ、そこは」
ヌバーが頬を膨らませた時、最後にヴィタノフが入ってきた。無口な照明担当は、挨拶の代わりに新しい電球の箱を机へ置いた。
サベリオと目が合う。
ヴィタノフは一度だけ顎を引いた。来た、という合図らしい。
人が揃うと、湿っていた空気に少し熱が混じった。ミゲロが床板を外し、サベリオが工具を渡し、ホレが古紙をまとめ、モルリとヌバーが勝手に騒ぐ。デシアは長机の端で台本を開きながら、その音を聞いていた。
昔もこうだった気がする。
誰かが真面目に働く横で、誰かがどうでもいいことで笑いを取りに来る。完璧にはほど遠いのに、その雑多さ自体が居場所になる。
ヌバーはついに我慢できなくなり、空のペットボトルをマイク代わりに持った。
「それでは改めまして! 我ら橋の下の――」
入口の外から、硬い靴音が響いた。
皆の動きが一斉に止まる。
スーツ姿のニカットが、雨の名残の残る石段を下りてきた。手には書類ばさみ。表情は、まるで濡らしたくない紙を持ち込む時みたいに固い。
「利用許可は出ません」
開口一番、それだった。
モルリが目をむく。
「まだ何も言ってないんですけど!」
「何を言うつもりかは分かります」
ニカットは内部を見渡した。床板を剥がしたままの足元、山になった資料、脚立の上のサベリオ、机に置かれた『春の音』。どれを見ても歓迎の色はない。
「ここは撤去準備対象です。無断使用、無届けの集会、営利を含む上演行為、いずれも認められません」
「営利って、まだ一円も取ってない!」
「今後の可能性を含みます」
モルリが今にも食ってかかりそうになるのを、ホレが袖を引いて止めた。
デシアが静かに立ち上がる。
「では、正式に申請すればいいんですね」
ニカットは一瞬だけ言葉を詰まらせた。だが、すぐに事務的な顔へ戻る。
「前例と安全面から、かなり厳しいと考えてください」
その言い方が、余計に周囲を冷やした。
ヌバーが小さな声でつぶやく。
「景気よく再結成って言う前に、解散のお知らせ来ちゃった」
誰も笑わなかった。
ニカットは最後に一礼し、踵を返す。その背中へ、モルリが叫んだ。
「待って! じゃあ、どうしたら残せるの!」
足を止めたニカットは、振り返らないまま答えた。
「上から条件が出るかもしれません。ですが、期待はしないでください」
去っていく足音が遠ざかる。
シェルターには、抜いた床板の隙間から上がってくる湿った冷気だけが残った。