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舞踏会まであと二日。ラウールはなぜか朝から張り切っていた。宴会場の隅にディアビレを立たせ、台本を丸めた棒で床をとんとん叩く。
「いいかい、嫌われ役には嫌われ役の華がある。こう、言葉の端で相手の心を軽く刺して、でも自分は涼しい顔で――」
「やってみてください」
「たとえば、ベジラ様のお召し物、今日も大変――ええと――」
ラウールはそこで詰まった。ベジラ本人が少し離れた場所で耳をそばだてていたからだ。気まずそうに咳払いをしてから、彼は仕切り直した。
「じゃあ、ディアビレさんが僕に言う側で」
「分かりました」
ディアビレは少し考え、できるだけ冷たい声を作った。
「ラウールさん、その蝶ネクタイ、朝からずっと曲がっています。見ているこっちが落ち着きません」
ラウールは胸を押さえた。「痛い。でも優しさが混じってる」
「もっと嫌に言って」
「これ以上は無理です。直した方がいいと思ってしまうので」
横で聞いていたゲティがとうとう噴き出した。壁にもたれ、肩を揺らしながら拍手する。
「終了だな。悪役の稽古はここまで」
「そんなにひどいですか」
「ひどいのはセルマの台本で、おまえじゃない」
ゲティは笑いをおさめ、少しだけ真面目な目で続けた。
「悪役失格。でも主人公合格」
その一言に、ラウールまでうんうん頷く。ディアビレは困ったように眉を寄せたが、胸の奥のどこかが静かにあたたまった。嫌われるために立っていた場所で、誰かがはっきり違う役を言ってくれたのは初めてだった。
#海辺の町