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「なぜ男は若い女が好きかって?
そうねぇ、その定義を柿に例えるなら……
若い頃は、鮮やかな柿色で表面がつるつるした、シャキシャキした歯応えの柿を選ぶ。
でも年を取ると、多少見栄えが悪くても、口いっぱいに甘さが広がる柔らかな柿を選ぶってことね」
麗香は人差し指を立て、得意げに私の前へ突き出した。
「はっ? 柿?
……その例え、全然意味分かんないんだけど」
私は目の前へ突き出された細く長い指を見つめ、眉を寄せる。
「だ~か~ら~!
未熟者は見栄えだけが取り柄の未熟者を求める。
成熟した人は、内側から魅力を醸し出す成熟者を求めるって話よ」
麗香は満足そうに、ふふっと笑った。
……その例えが、なんで柿なの?
それに、干し柿が好きな若い子だっているし、硬い柿が好みの中年だっているんじゃない?
……ああ、そうか。
「回答を飛ばして、そのまま私への慰めに突入したのね」
私は小さく笑って目を細めた。
「あら、この回答じゃお気に召さなかったかしら?」
「……いいわね、麗香は。
その美貌だから、老いに恐怖なんて感じないんでしょ。
私は駄目。鏡を見るたびに、肌のシミを一つ……二つ……三つ……数えなきゃいいのに、つい数えてしまう。そのたびに落ち込んで。
旦那の相手は二十代。
シミひとつない、張りのある綺麗な肌。
今までは羨ましいと思うだけだった。
でも今は……
その若さに憎しみさえ感じるの」
楓のみずみずしい面影が脳裏をよぎり、私は膝の上で組んだ両手へ知らず知らず力を込めた。
「亜紀が若さを羨むのは、旦那の浮気が理由じゃないわ。
亜紀自身が恋をしてるからよ」
麗香は私を見つめ、諭すように穏やかに微笑んだ。
「……私を軽蔑するでしょ?
自分だって同じことをしてるくせにって……
呆れてるよね」
「まさか。呆れてなんていないわよ。
むしろ、人間らしくていいじゃない。
そういう道理に反した、泥臭い感情も」
「………」
「話の続きは今夜にしましょ。
こんな壁に耳あり障子に目ありの場所で話してたら、まずいでしょ?」
麗香はにっこりと微笑むと、再びコーヒーへ口をつけた。
「うん……そうだね」
私は俯いたまま、消え入りそうな声で答える。
その時だった。
白衣のポケットの中で、業務用の携帯が震え始めた。
私はハッとして慌てて取り出し、ディスプレイへ目を落とす。
表示されていたのは、遼の番号だった。
「……はい、循環器内科の宮坂です」
顔を強張らせ、私は他人行儀な声で電話に出た。
『亜紀、今どこにいる?』
普段と何ひとつ変わらない夫の声。
「……食堂。麗香と一緒」
私は短く答え、ちらりと麗香へ目をやる。
麗香はコーヒーカップを両手で包んだまま、視線はテーブルへ落とし、それとなく聞き耳を立てていた。
「……そう、分かった」
用件だけを告げる短い会話。
電話が切れると同時に、私は深いため息をひとつ吐き、携帯を白衣のポケットへ戻した。
「旦那? 何だって?」
飲み干したカップをカチャリと置きながら、麗香は眉間へ皺を寄せた。
「私か麗香に心カテを依頼したい患者がいるんだって。今から資料を届けに来るって……」
「今から来るって、ここに?」
「うん。二人が一緒にいるなら話が早いからって」
「ふーん。わざわざ来るんだ。珍しいわね。
自分から出向いてくるのは、文句がある時くらいなのにねぇ」
麗香は嫌味たっぷりにそう言うと、冷めた笑みを浮かべた。
人気のなくなった食堂。
静かに流れるクラシックだけが耳に届く。
「……こんな状態で、遼に会いたくないのに」
大きなため息に混ぜるように、本音が零れ落ちた。
麗香は「そうね……」と小さく相槌を打つ。
そして、
「……あっ、さっきの話で一つ言い忘れてた。
男がどうして若い女を好きなのかって話」
思い出したようにそう言うと、私を見つめてにっこりと笑った。
「亜紀の想い人なら、きっとこう言うわ。
『若さは確かに魅力的だけど、魅力的なのは若さじゃない』ってね」
穏やかな声でそう続けると、麗香はふふっと優しく微笑んだ。
その時だった。
麗香の背後にある食堂のガラス扉が静かに開く。
白衣をなびかせながら、長身の男がこちらへ歩いてくる姿が目に飛び込んだ。
「うん。きっと、そう言ってくれるね。
……ありがとう、麗香」
私は夫へ真っ直ぐ視線を向けたまま、喉に絡みつく唾液を、ごくりと飲み込んだ。
「何でこんな時間まで食堂にいるんだ?」
テーブルの前へ立つなり、夫は眉間に皺を寄せ、私たちを見下ろした。
「ちょっと午前中の検査が長引いて……」
「別に何時にランチしようがいいじゃない。
内科医は毎日、検査、検査で昼食もまともに取れないくらい忙しいのよ」
麗香は私の言葉を遮り、皮肉を込めた笑みを夫へ向けた。
「内科医は忙しいか……」
夫は麗香をちらりと見て、小さく鼻で笑う。
「何よ。
残業嫌いの私が言うと、説得力がないとでも言いたいの?」
「いや。相川の手際の良さはよく知ってる。
その忙しいところ悪いが、この患者の心カテを頼む」
頬杖をついたまま夫を睨む麗香の前へ、資料の束が置かれた。
私と麗香が同時に資料へ目を落とす。
その様子を見ながら、夫は静かに言葉を添えた。
「不安定狭心症の患者だ。亜紀でも相川でもいい。今日中に頼む」
「今日中って……
この患者さん、もともと坂本先生の患者じゃない。どうして私たちに頼むの?」
私は資料をめくりながら眉を寄せる。
「あら、本当だ。
口うるさいオヤジの患者だわ。
私たちへ依頼すること、坂本先生は了承してるの?
人の患者へ横から手を出して、後で文句を言われるのは御免だからね」
麗香は眉間へ深い皺を寄せ、面倒くさそうにため息をついた。
「大丈夫だ。俺が責任を取る」
「責任を取るって……
まさか、主治医に何も言わず心カテをするつもり!?」
「遼……
そんなの、事後報告で済まされる話じゃないわよ。もし患者さんに何かあったら、責任なんて取りきれないじゃない」
「だから責任は俺が取る。
坂本先生は口だけで、技術的には信用できない。
心カテさえクリアすれば、その後は俺が主治医になる。問題ない」
目を丸くして声を上げる私たちを意に介することなく、夫は淡々と言い切った。
「俺が主治医になるって……
またオペの実績のために患者を奪うつもりね。
この患者だって、ただの狭心症じゃないんでしょ?
野心家の外科医にとっては、おいしい症例のはず……」
麗香は険しい表情のまま、資料を次々とめくっていく。
「心配するな。ただの狭心症だ。
問題ない」
夫は麗香へ視線を落とし、意味ありげに口元を緩めた。
その笑みを見た瞬間、胸の奥から嫌悪感が込み上げる。
遼の唇……
昨夜――
熱い吐息を漏らす楓の唇を、何度も塞いでいた唇……。
「………」
私はテーブルの上のおしぼりを強く握り締め、逃げるように夫から視線を逸らした。
心臓が激しく脈打ち、沸き立つ血液を全身へ送り出していく。
睡眠不足のせいなのか。
それとも昨夜の記憶のせいなのか。
不意に視界がぐらりと揺れ、意識が遠のきそうになる。
そのまま上半身が大きく前へ傾いた。
「亜紀? 大丈夫?」
遠ざかりかけた意識を引き戻すように、親友の声が耳へ届いた。
コメント
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柏木さくらさん、第106話読みました。柿の例えがすごく面白くて、ちょっと笑っちゃったけどそのあと亜紀さんの「老いへの恐怖」がひしひしと伝わってきて切なくなりました。麗香の「亜紀自身が恋をしてるからよ」の台詞、グッときました…。最後の遼さん登場シーンの、あの胸の奥から込み上げる嫌悪感の描写、すごくリアルで息が詰まりました。続きが気になります!🌷