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放課後の教室。カーテン越しに差し込む夕陽で、埃がきらめいていた。伊織は机に手をついて、俯いたままの海里を見下ろしている。
「なぁ、また逃げんのかよ」
低い声に、海里の肩がわずかに震えた。
「……逃げてなんか」
「嘘つけ。いつもそうだろ。俺が近づくとすぐ視線逸らす」
「……だって」
か細い声。海里は唇を噛みしめる。胸の奥で、好きだという想いが膨らみすぎて、言葉になる前に喉が詰まってしまう。
「俺が怖いのか?」
伊織が身を屈めて顔を覗き込む。至近距離で見つめられて、海里は思わず後ずさった。
けれど、背後はもう壁。逃げ場はどこにもない。
「ちがう……怖いんじゃない。ただ……俺、どうしていいかわかんないんだ」
「わからなくていい。考える前に答えろ」
「答え……?」
「俺は、お前に触れたい」
息が止まった。
伊織の言葉は、冗談でもからかいでもなかった。真剣で、熱を帯びていた。
「ダメだ……」
「なんで?」
「……止まらなくなりそうだから」
海里の声は震えていた。自分の本音に、自分で怯えている。
そんな彼を見て、伊織は小さく笑った。
「なら、俺が止めてやるよ」
「……!」
次の瞬間、伊織の手が海里の顎を掴んで上げさせる。吐息が触れる距離。
触れそうで触れない唇に、海里は視線を泳がせた。
「逃げんな」
「……」
「俺から逃げるな。俺が困る」
臆病な心臓が、うるさいほどに鳴り響く。
伊織の瞳に射抜かれて、海里はようやく震える声を絞り出した。
「……逃げない。……でも、優しくして」
その言葉を合図に、二人の唇が重なる。
夕焼けに染まる教室で、抑えてきた感情が零れ落ちるように。
伊織の指先が海里の頬から首筋へと滑っていく。制服越しに感じる熱に、海里は小さく息を漏らした。
強気な伊織のくせに、触れ方は驚くほど優しい。
「……海里」
「……っ」
「お前、可愛すぎ」
耳元で囁かれ、海里は耐えきれず目を閉じた。
逃げたいのに、逃げられない。
でも、もう逃げなくてもいい――そんな気がしていた。